『ヒトはなぜペットを食べないか』
『ヒトはなぜペットを食べないか』山内 昶(ひさし)文春文庫
京大名誉教授が文化記号論と象徴人類学の方法論を借りて、ペットブームに象徴されているようなふわついた現代日本の文化に冷や水をぶっかけた本。
六本木ABCでこの題名に惹かれて手に取ったとき、思い出していたのは中島義道先生の『偏食的生き方のすすめ』。ぼく自身は「食べ物は好きか、大好きだけ」という感じで、食わず嫌いというのはゲテモノ以外ないのだが、極端な食わず嫌いでならす中島先生の本では「好き嫌いがないというノー天気な人間には『ならペットを喰えるか!』といってみたい」というようなことが書かれていて、哲学の先生らしい素晴らしいタンカだわなみたいに感じたのを思い出す。
だから、この本も、そういった可食圏内と非可食圏内の食物を分ける心理的な要因に関する分析かな、と思ったら、まったく違う。古くは創世神話、新しくは現代日本の下世話なゴシップまで洋の東西を問わずに雑食を性にした人間たちが織りなしてきた食とセックスのもの哀しくも笑いとばすしかないような話をこれでもかとばかりにぶちまけ、学者さんらしく手際よくまとめてしまうのだから、読まなきゃソンソンみたいな本だ。
浅学非才な自分にとって、イヌとは10万年ぐらい前に外敵から人間集団(バンド)を守る番犬あるいは狩りの忠実な友として活用されてきた家畜で、イヌを家畜化できなかったオーストラリアのアポリジニーなどは、だから最も原始的な狩猟生活の段階から抜け出られなかった、みたいな説を信じていた。しかし、山内さんの紹介してくれる説によると、最初から人間は喰うために犬を飼っていたらしい。「親を失ったイヌ科の動物の仔を狩人が連れてかえって手なづけ、可愛がって育て、たっぷり肉がついてくると必要に応じて殺して食べていた。子供は人に馴れやすく、また集団のボスに絶対服従をする性質があったら、人間の命令にも従順で、いわば生きた食料貯蔵庫として大いに活用した」(pp.14-15)という。
日本において「包丁の儀式」は735年に橘諸兄が始めたものだが、そこには「包丁、犬、鶏、牛、馬、羊、豕(いのこ)、この六畜をもって初ると云う也」と書かれていたということから、日本でも昔から盛んに犬は食われていたらしい。しかし、徳川幕藩体制となると、「三代将軍家光がその道の数寄者だった」(p.24)にも関わらず、男色と犬喰いはなぜか同列になって禁止されていったという。「主従の契りより若契の方が強くなると、君臣の道が色濃いの道によってなおざりになるだろうし、藩をこえた念ともは幕藩体制そのものょゆるがすだろう」ということと、主にグレイハウンドなどの舶来種であっった大名が鷹狩りに使う猟犬まで食物の対象となってしまっては秩序を乱すために、男色と結びついて処罰の対象となったという。しかし、文明開化とともに、密かに続けられた肉食は花開き、今では目出度くも毎日血のしたたるステーキ肉が大量に消費される世の中になったわけだ。
こうした犬食の習慣は大陸からの渡来人がイヌと一緒に持ち込んだものだったが、さすがに4000年の歴史を誇る中国では、1000人もの人身御供と1000頭もの動物を供犠したという記録もあるぐらいで、実際に殷墟からも100個近い犬骨が見つかっているという。まさにおびただしい屍体と血まみれの「狂気のような大規模な献祭」(p.27)が行われていたらしい。現代になっても毎日一品は犬料理を食べ、北朝鮮に招かれると「全狗席」を楽しんだ周恩来のような犬好きもいるし、清朝の李鴻章などはロンドンでイギリス外相から贈られたシェパードを平らげてしまったエピソードも残している。さすがである。
この「犬食」の後は猫食、ペットとの性愛(ペッテイングという言葉の発生!)を経て、タブーの仕組み、贈与経済へと続く。しかし、最後の2章は、いまとなってはちょっと古い。しかし、とにかく、その漢籍も含めての博覧強記ぶりは一読に値する。
05書評年度ではベスト3に入る本。ぜひ。
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