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April 22, 2005

つくりつけの本棚と机が土日に…

eva_serch

 つくりつけの本棚と机を友人のつとめるゼネコンに出入りする内装屋さんにつくってもらうことになった。

 おおまかな図面を書いて渡して、まあ、予想通りのできあがりになることを期待しているけど、その前に、大量の本とパソコン3台、ステレオのセットをどかさなければならない。

 業者さんがくるのは土曜日の朝8時。それまでにやっておかなければならないので、今日は早く帰ってきたけど、やる気が出ない…。

 明日、徹夜で片付けるつもりで、今日は英気を養うためにもう寝るかな…と思いつつ、『エヴァンゲリオン解読 そして夢の続き』北村正裕、三一書房なんかを読み終えてしまった…。

 パチンコをやる友人たちが、ぜひ観たいというので、ウチでの上映会に備えて買ったDTS仕様でデジタルニューマスタリングした新しいDVDシリーズを全巻観てしまい、ついでにエヴァの謎解き本では、たぶん一番新しくて詳しいといわれている本を読んでいたのです。

 エヴァンゲリオンは詩ですね。詩は単に声に出して読んだり、黙読したりするだけでも素晴らしいけど、基本は省略の芸術だから、別に不必要ならそんなことしなくてもいいとは思うけど、解釈をほどこすと、余計に深く読み込むことができると思う。エヴァも単にアニメとして読んでも面白いけど、少し深く考えると、もっと面白くなる。例えば、この本で一番スゲェと思ったのは、エヴァは女性の魂がコアに仕込まれていて、初号機の場合はシンジの母親だし、弐号機の場合はアスカの母親、零号機は赤城博士なんだけど、使徒に乗っ取られてしまうトウジの場合は病院で瀕死の状態にあった妹なんじゃないか、というあたりの読み込み。つまり妹の魂を生きたままコアに封印して、兄であるトウジとシンクロさせたのではないか、と。この説が正しければ、エヴァのなんともいえないおぞましさというのがより納得できる。

 第拾九話で、エヴァが倒した使徒を喰って、それを見ていた伊吹マヤが吐くシーンがあった。10年前には暴力的な描写というのがここまできたのかと思わされたシーンだったけど、その10年ぐらい前には『AKIRA』あたりの描写で「無目的な暴力の噴出」なんていわれていたんだよなぁと思う。

 まだ感想がまとまらないので書いていないのだが、『抗争する人間 ホモ・ポレミクス』今村仁司、講談社は「交換」と「贈与」による平和的な共同体(ポトラッチばっかりやってる、みたいな)というようなレヴィ・ストロース以降の未開社会のあり方についての理論を真っ向から否定し、古代から暴力を通じて共同体は交流してきて、共同体の根底に暴力があるみたいなカラストルの説から暴力と人間のあり方を説き起こし、人間とは他人に対して抗争的欲望を持つ生き物(ホモ・ポレミクス)なのだ、みたいなことを主張している本なのだが、人間がホモ・ポレミクスであるならば、暴力の描写というものがとんどんエスカレートしていくわけだわな、とつまらないことを考えてしまった。

 あまりエヴァのことには深入りしたくはないけど、なんで主人公の碇シンジは長男なハズなのに「シンジ」なんだろう?綾波レイはシンジの母親レイのコピーで実体がないから名前もレイ=零=ゼロだということはわかるけど、シンジについて書かれているのは、探し方が悪いのかもしれないがまだ見たことがない。ひょっとしてシンジは欠番の第二使徒だったりして…。

 あーつまんない思いつきを書いてしまったので終了。

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