『中学生のための社会科』
『中学生のための社会科』吉本隆明、市井文学
市井文学という版元から吉本さんの新作が出た、というを聞いたが、なかなか手に入れることができなかった。しかも、今回は聞き語りではなく、書き下ろしだという。直接、版元にメールをしたら、ちゃんと取り次ぎにも流れているというので、直接買うのをやめたら、六本木ABCでも取り寄せてくれていた。らっき。いまではちゃんと平積みされています。
ということで解題。「はじめに」で吉本さんは、中学生という言葉を「生涯のうちでいちばん多感で、好奇心に富み、出会う出来事には敏感に反応する柔らかな精神をもち、そのうえ誰にもわずらわされずによく考え、理解し、それして永く忘れない頭脳を持っている時期の比喩」だとしている。内容は近代詩から始まり、『記紀歌謡』『祝詞』にみる大和朝廷に収集された原日本人の歌と日本語の文法問題、老齢の問題、国家の解体問題と幅広い。いずれも、もう細かな批判など気にしないという追い切った書きっぷりが素晴らしい。
確かに、研究史を下敷きに一歩一歩、未解決の問題を埋めていくという学術論文は素晴らしいし、なくなっては困るけど、「まちがった思想でも、大胆にそして明晰に表現されているのなら、それだけでじゅうぶんな収穫といえる」(『反哲学的断章』ウィトゲンシュタイン、青土社、p.198)し、「いったいナニをいいたいんだ!」みたいな防衛本能丸出しみたいなものを書かれても、読む気にはならない。
と、ここまで書いたのが土曜深夜で、以降、花粉症によって、すべてのヤル気を失っている。『宮澤喜一回顧録』も全てのページが面白く、紹介したいところばかりだが、それもかなわない(少なくとも、05書評年度のこれまでのベストは『宮澤喜一回顧録』)。
で、たった一点だけ。『中学生のための社会科』で最もフーンと思ったのは、ラカンと三木成夫の邂逅。
吉本さんは、ラカンが老齢の終局において「男は女性的になり、女は『気違い』になるという意味のことを述べている」(p.98)ということを聞いて、これは「男性は前立腺肥大になり、女は閉経時のヒステリー症になると言い換えてもいいのではなかろうか」としている。
そして、三木先生は「前立腺は女性器の名残で、男性が老齢に近づくと肥大化してくるのだ」ということを語っていたという(p.74-75)。
現象的には男性器の肥大が、実は女性器の名残の肥大によるものだというのは、これはもう、なんともね…という感想を持ったし、今後、前立腺肥大の症状がひどくなる前に、うまく、ごく一部を除去することはできないのかとも思うし、でも、そんなことをやったらバランスが崩れるんだろうな、なんていろいろ考えさせられた。
共同体の理論に関しては、気力が戻ってきたら書きます。とにかくさすが、書き下ろし。濃いです。
[追記]
久々の書き下ろしということを十分に感じさせてくれるアフォリズムを集めてみました(カッコ内は管理人)。
すべての「芸」と名のつくものは「永続」と「瞬間(その場かぎり)」のあいだに仕えている。だが人間を集団として形成される社会にたいしては「芸」は無用であり、「芸」にたずさわる者は無用の長物である。これはまた愚か者を国の政治責任者に択んだりする理由でもあると思う。人間は個人としては自己慰安を求める動物だが、「社会集団」の塊としては「有用さ」を求めるのを第一義とするからだ。(p.30)
人間は「社会」的な動物として、言い換えれば「社会」で日常生活をしている限りは、人種や「社会」の発達の度合が違っていてもすぐに仲よくなれる存在だが、「国家」が介入してくるとなかなか親和力をもち得ないで、対立したり、戦争をしたり、争いを繰り返して、未だそこから脱出することができないでいる。これが歴史の実情で、心ある人々が現在でもどうすれば「国家」と他の「国家」のあいだに戦争とか争いとかが起こらないようにし得るのかを探求しているのである。(pp.125-126)
日本「国家」の憲法だけが非戦を規定し、かろうじて人類社会の理想を唱っているけれども、卑俗なそして目先だけしか見えない政治家や学者などでこれに反対している者も多い。(p.136)
(島尾敏雄の人間魚雷の基地を描いた小説に感銘と共感を禁じ得なかったという文脈のなかで、もう明日をも知れない時になると)つまらない優劣も差別もないし、不信のあげくの相互非難もない。(さぼりたいヤツはさぼり、働けるヤツは働くという)「自由な意志力」を発揮し合った者どうしのあいだに成立している集団性。(p.161)
蒸気機関車の出現と発達が近代産業の飛躍的な発達をもたらし、経済の大規模化、働く者の都市への集中と働き過ぎによる肺結核の伝染をもたらした(中略)同様に管理システムの発達のともなう産業のハイテクかが何をもたらしつつあるかをごく常識に考えてみる。するとすぐに産業の高度化とともに飛躍的に単位生産量にたいする生産時間の短縮化、働く人の精神異常、精神症の増加、少年少女にまで及んでいるその影響の拡大が挙げられよう。(pp.166-167)
自由競争とは社交しつつ圧服させることだ。(p.178)
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Comments
前立腺ですか、この本を読んでみたいですね。書き下ろしとは凄い。不思議と肥大の人は長生きします。発明学会の豊原豊雄さんはまだ、ご存命ではないですか、百歳位?前立腺癌の場合は男性ホルモンがキーポイントです。バランスの良い性生活を…(笑)。宮沢喜一さんの回想録ですか、ベストワン?、う~ん、これも読んでみたい。
Posted by: 葉っぱ64 | March 16, 2005 06:16 PM
葉っぱさん、お久しぶりです!
前立腺肥大は男の勲章とか思っていたんですが、まさか、こんな仕組みとは…とビックリした次第ですw
宮澤喜一回顧録は前半がスゴイですね。池田、前尾ら吉田学校の生徒となる先輩たちと単独講和にどう持って行くのか、というあたりで、英語に堪能な宮澤さんが重宝がられるんでよね。で、早く占領なんて終えて自分は大統領になりたいマッカサーと、米軍が沖縄に戻ったらソ連が入ってくると信じていたトルーマンとの関係をみながら、早く独立を回復したい吉田茂が絶妙なタイミングで、自分から基地を提供するという案を出して、だけど自分が嫌いだった日本軍は絶対に復活させない、なんてあたりのウラ話が、まあ、ぼくが知らないだけかもしれませんが、スリリングでした。
Posted by: pata | March 16, 2005 09:54 PM
『ひきこもれ』『中学生のための社会科』など読んだ若い人からの評判はけっこういいみたいですね。新しい読者?向けのものってホントにわかりやすくて好きなんで、もっと理論?の方も解りやすいガイドがでないかなと思います。なんと明日発刊の!?『15歳の寺子屋 ひとり』なんていうのも今amazonで見つけましたが。吉本さんの若い読者が増えないかな…といつも思ってます。
Posted by: T.KOJI | October 18, 2010 06:12 PM