『トーキョーワッショイ』
『トーキョーワッショイ』後藤勝、双葉社
サッカーの本を読んで久々に身につまされた。それは、もちろん応援しているFC東京について書かれているということもあるだろうが、今の日本で、特に大都市に住む個人が、ある組織や団体にコミットメントしていく課程、そこに感じる違和感、でもはやり感じる喜びが淡々と書かれているからだ。
個人的な話をさせてもらえば、人に面と向かって「なんでFC東京を応援しているんだ」「イングランドのサポーターのように死ぬまでクラブに忠誠を誓うのか」と問いかけられても、納得させられるような言葉は用意できない。
筆者もJ2に昇格した1999年に初めて駒場に赴いたのがFC東京との出会いだったという。JFL時代の1997年に天皇杯準決勝をテレビで観て「ああ、東京ガスを東京と呼んでもいのか!」と目から鱗が落ちたぐらいだともと書いている(p.19)。ハラヒロミが監督に就任してから見始めたぼくなんかとは比べものにならないぐらい古い関係は持っているにしても、JFL時代をもってこられては、どうしようもなくなる。
もちろん味の素スタジアムに足を運び、試合後に旨酒を酌み交わす人たちの中に、JFL時代から応援していることを鼻にかけるような人は一人もいないが、かえって、それだからこそ、自分自身がFC東京に「なんでコミットしているんだろう」「そのコミットメントの具合は本当にイイ感じなんだろうか」という問いはずっと残ることになる。
今の小学生ぐらいから、このサッカー環境を与えられていたとしたら、ごく自然にFC東京や浦和レッズのサポーターになれるかもしれないし、静岡県に生まれていたならば、ぼくよりもっと古い世代でも、肩の力が抜けた、イイ感じのサポーターになれるかもしれない。しかし、70年代生まれぐらいまでの世代は、そうした特権みたいなものはない。ぼく自身も、サッカーは好きだったが、実地はサッカー少年団から大学までのサッカーの授業だけだったし、応援しようと思わせるようなクラブはもとより、日本代表でさえ弱すぎて話にならなかった。Jリーグが生まれた時には目を見張ったが、応援している人たちをテレビやスタンドなんかで見ても、あまりにもアッサリと本格的なサポーターに収まっちゃっていいの?子供だましみたいにしか見えない電通のマーケティングにのせられちゃっていいわけ?少なくともオイラはヤだよという思いはぬぐえなかった。もっと、心の底から納得できようなものを見つけられない限り、ああした振る舞いはやめておこうと思うしかなかった。
筆者も、少々恥ずかしくても「理由なんかねぇよ!」と言い切ってしまっうほうが、男気が迸っていていい(p.29)と書きつつ、「ゴトウさん、東京応援するんですか。J1あがったからって、ダメですよ」と知り合いに編集者につっこまれたことも記している(p.30)。
そして、ゴール裏に通いつつも、にわかサポーターと古参サポーターとのあつれきを見たりしているうちに、いったんはコア・サポの陣取るゴール裏の爆心地を後にする(p.63)。そして、見つけ出した居場所は国立競技場の電光掲示板の下だった。さらには年間シートも、バックスタンドだけでなくゴール裏にも行けるAブロックに移し、本当の住処を見つけようとする。
そして味の素スタジアムにホームが移転し、監督に原博美が就任。部活サッカーと1万人の観客というステージから、4-2-3-1あるいは今年の4-1-4-1のような最先端のシステムを採用し、ホームでは毎試合3万人近い観客を集めるカップウイナーへと変身していく。その変身の課程で、様々な種類のファンが集まりはじめ、どうやってクラブにコミットメントしていくのかというようなことを考える前に、新しいステージに登ることによって現れる現実への対処に追われていく(このぐらいから筆者はライタートとしてもサッカーに深くかかるようになる)。
筆者は最後にもサポーターという言葉に対する違和感を表明し、コールリーダー、コアサポ、ファン、ギャラリーとファンを4種類に分類しているが、サポーターとは何かとか、どうクラブにコミットメントするかなんて考えているよりも、応援しているチームが優勝争いをし、そのチームを応援する人たちと旨酒を酌み交わし、喜びを分かち合うことの方が確かに楽しいにきまっているし、ライターとして選手やスタッフに取材している方が充実しているにきまっている。
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組織コミットメントに関して、このサイトは見事に定義している。抽象的になりすぎず、かといって厳密さも失っていない。曰く、組織コメミットメントは「組織のゴールや価値観に共鳴していること」「組織のためになるようなことに対して労力を惜しまないこと」「組織のメンバーでありつづけたいという強い願望を持っていること」という3つの要素を持っているが、「感情的次元は、組織に対する好意、つまり組織に留まりたい、組織のためになりたい、という希望を強く表現しているのに対し、継続的次元や道徳的次元は、組織に留まったり、組織のためになる行動をする必要があると判断している」としている。
でも、実のところ、なんのことはない、人間は組織にいったんコミットメントしてしまえば、組織に深く関与することが道徳的に望ましいと判断してしまうもので、古くからいわれている「結婚していまえば愛なんかは後からついてくる」みたいなことを多少クールにマーケティングの言葉をちりばめて語っているだけだ。そして、リンク張っててこんなことを言うのは申し訳ないが、それは組織を作る側の発想だろう。
でも、深くコミットメントしていても、やはり自覚的な個人というか、いろんなことをウダウダ考えてしまうような個人は、違和感から逃れられない。強引に違和感をぬぐい去っても「かつての鹿島イントラーズや清水エスパルスの一糸乱れぬマス・ゲーム」(p.261)に陥るのが関の山だ。
結局、距離感をはかりながら、しかし、オープンハートでつきあっていくしかない。
著者のFC東京とのコミットメントの物語は、とりあえず昨年のナビスコ杯優勝をピークとした280頁の本に収まった。この本が文庫に収まる頃、FC東京がまた新たなスタージに登り、新たな体験ができることを望みたい。それでも多少は残っているだろう違和感と、多少は深まっているであろう愛情とともに。
FC東京のことを書いてはいるけれども、他のチームのサポーターが読んでも「いい気になりやがって」とは思わないだろう。そして、サッカーは好きだけど、どうもいまさら応援するチームを持つのもな…と考えているような人たちには、ぜひ読んでももらいたい。
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