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March 05, 2005

『ミカドの肖像』と『漁村夕照図』

mokkei
 西武の御大・義明前会長が逮捕されたとことで、改めて『ミカドの肖像』猪瀬直樹、小学館のことを思い出した。最も強烈な印象が残っているのは御大の父親、堤康次郎の姿だ。東急グループの創始者である五島慶太が強盗慶太と呼ばれていたのに対し、西武の堤康次郎はピストル堤が異名だったという。なんともすさまじいあだ名だが、こういう名は永井道雄元文部大臣によると、東京大空襲時に「花火が散るように夜空が赤く染まっていた空襲の日の出来事だった。地下室で、電話を何台も並べて、ひとつの受話器に顎をあてて大声で交渉しつつほかの受話器のダイヤルを片手で回して土地を買い漁っていた阿修羅のごとき男」(p.87)というようなあたりからつけられたのであろう。

 そんな姿も息子から見るとこうなる。空襲の時「みんなカネを持ってよそに逃げようとする。カネが信じられない者はモノに換えた。しかし、土地を買うという発想はなかった。おやじは、逆に日本がダメになっても逃げないで都内の土地を買えるだけ買おう、と。製造業ではないのだから、土地を買っておけばなんでもできる、という考えでしょう」(p.126)。

 まあ、もしかして、こういう人間にはなりたくはないと思うこと自体が、日本的律令制(土地は公民のもの、公民の安寧をはかるのが無垢なる天皇)をどっかで引きずっているからなのかもしれないけど、それでも空襲で焼け出された人たちが広大な自宅に入ろうとするのを、いったん入られたら住み着かれてしまうといって追い出したりするのは、よくないなぁ、とは思う。

 また、息子の方の所行では、こんなことも思い出す。それは西武球場のつくり。山口瞳さんは西武球場の内野席の券を持っていたのだが、入り口は中堅後方の一カ所しかない。ところが、内野席近くに入り口はあったのである。ただし、オーナーズシートとロイヤルボックスの人たちのみの入場口が…。山口さんは外野席の外の入り口からまた内野席に戻ってくるのは大変だからといって入れてくれと頼むがことわられ、「いまオーナーがお見えになるところですから…」とあしらわれたのにカッときて。こんなものは「成り上がり者の貴族趣味じゃないか」というところまで書く(『最後から二冊目の巻』p.158)。

 宮家からただ同然のカネで簒奪した土地にプリンスホテルというホテルチェーンをつくり、最後は塀の中に転落した息子のことを思うと、やはりこの親子には「成り上がり者」という言葉がピッタリくる。

 東武という同じ鉄道グループをつくった旧根津財閥が、所蔵していた東洋の美術品を開放して根津美術館をつくり、一般に公開しているのとは大違いだ。先代の根津嘉一郎社長は東証一部上場企業の代表取締役社長の最長不倒距離を残した人だが、おっとりしていて、いい人だった。鉄道関係のパーティなんかで「古伊万里の陶片を集めた特別展、行きましたよ」とかいうと嬉しそうに「あなた意外と地味だね」なんて笑われたことを思い出す。

 その根津美術館には、すべての絵画の中で個人的に一番好きな作品が所蔵されている。それは牧谿(もっけい)筆の国宝『漁村夕照図(ぎょそんせきしょうず)』。次に公開される時には、また必ず会いに行こうと思う。

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