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March 25, 2005

週刊『司馬遼太郎 街道をゆく』が10号に

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 早いもので、もう10号が発売された。これがひとつの区切りになるのは、専用バインダーが10冊でワンセットになるため。ということで、やおら、スタート時に購入した全巻バインダーセットを取り出し、組み立てた。この手の週刊ナントカみたいなのを買うのは初めてなんですが、こういうヨロコビってのはあるんだな、と実感。

 さて、10冊をふり返ってみると、幕末モノが多いな、という印象。1号の「檮原(ゆすはら)街道」からして、坂本竜馬の脱藩の道だったわけだし、10号は「長州路」。しかも、3号の「白河・会津のみち」の主役は松平『王城の護衛者』容保だし。幕末に棹さした会津藩について「幕府の崩壊期に会津藩という存在がなければ日本人なんて信用できませんね。会津藩があったればこそ、われわれ同民族をちょっと信用できる」と書いているが、それとは正反対の機略家が多い長州藩の青年についても、池田屋事件に巻き込まれ、いったん脱出しながらも槍をとって切り死にする吉田稔麿や暴発の末に死んだ久坂玄瑞のように「機略家が、没機略になって駆け出している」「利口者の集団が、ただ利口なだけのことであったとすればとても天下などはとれなかったろう」と評している。たったこれだけのことでなにがしかの本質が書かれていると思えるところが素晴らしい。幕末は、世界史の中でも、これほど面白い人物が多く出て、様々な事件も起こるような歴史は、もうフランス革命並みじゃないかと思っているけど、とにかく何回、思い出しても面白いところだ。

 連載でいいのは、最後のページに掲載されている「私の一冊」。著名人が司馬さんの作品の中で、最も好きな一冊について書くコーナーだ。意外だったのは『空海の風景』を二人もあげていること。ぼくは、自慢じゃないけど、この作品は司馬さんの本の中で唯一、途中で投げ出した本だ。つか、密教というのは仏教とはまったく関係のないものだ、という知見を得られたことだけが唯一の収穫だったと思っているけど、果たして司馬さんも「もし当時、キリスト教が導入されたとしても、仏教の一法門として処遇されたのではないか」と書いているところに出会って、なるほどなぁと改めて思った(4号「高野山のみち紀ノ川流域」)。

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