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February 07, 2005

『聖パウロ』トロクメ著、加藤隆訳

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『聖パウロ』エティエンヌ・トロクメ(著)、加藤隆(訳)、文庫クセジュ(881)白水社

 02年にお亡くなりになったトロクメ先生の最後の著書である『聖パウロ』を加藤隆先生が訳してくれた。フランスのQue sais-je?から出たのが03年というのだから、この手の本としては異例の早さで日本語化されたと思う。ちみなに「クセジュ?」とはモンテーニュの言葉で「私は何を知っているか?」の意。

さて、新約学者トロクメ先生には日本人のお弟子さんが3人いるというのは"業界内"では非常に有名な話で、このうち一般に最も知られているのはマルコ福音書が専門の田川健三さん(マルコ屋)だが、このほかにもマタイ屋の小河陽先生、ルカ屋の加藤隆先生が立派な業績を残しておられる。『使徒行伝と歴史』は田川さんが訳してくれたが、しばらく翻訳が読めない状態が続いた後で、若い加藤先生が『受難物語の起源』教文館、『キリスト教の揺籃期』新教出版などトロクメ先生の著書を精力的に翻訳してくれているのがありがたい。

 トロクメ先生は、専門化が進んだ新約学会の中では、珍しいゼネラリストだったと思うが、世に出たのが1957年の『使徒行伝と歴史』であることを考えると、マルコに関しても相当深い研究をなさりつつ、ずっとルカ文書と、ルカ文書に書かれたパウロに関して、重大な関心を持っていたのではないと思う。

 ということで『聖パウロ』に入る前に、予習として『キリスト教の揺籃期』のことをまず、書いておきたい。

トロクメ先生が『キリスト教の揺籃期』で描きたかったのは、「結論」によると、キリスト教の最初の一世紀は幾つもの転回点のあった時代だったということ。一世紀にはイエスの早すぎる死、復活者の度重なる顕現、弟子たちのエルサレムへの定着、ヘレニスト(ギリシア語をしゃべるユダヤ人)とヘブライスト(ヘブライ語というかおそらくアラム語しかしゃべれないユダヤ人)たちとの軋轢によって生じた動揺、教会主流とパウロの断絶、ローマとの第一次ユダヤ戦争など60年代の凄まじい嵐、神殿崩壊後のベン・ザッカイによるシナゴーグを中心としたパリサイ派によるユダヤ教の復興、90年以降に起きたキリスト教徒のシナゴーグからの追放、2世紀初めのギリシア・ローマ社会の同化という問題がユダヤ教と揺籃期にあったキリスト教に立て続けに起こったわけだ。

『キリスト教の揺籃期』でもトロクメ先生はパウロの宣教について書いているが、そこでもっぱら描かれるのは、挫折の歴史としてのパウロの宣教。「つまるところ、どこでも挫折を味わったのであり、このために使徒行伝の筆者がひどく控え目なのである」(p.121)ということ。また、ローマ人への手紙に関しては、こうした文書をパウロがローマ教会に送ったのは「当時のローマのキリスト教徒たちは一つの教会に纏まっていなかったようで、使徒パウロはこうした状況に終止符を打って首都ローマに堅固な基盤をもとうとした」(P142)からだとしている。クレメンスの手紙一などでも、分裂状況が伺えることから、ローマでよく組織された一つの教会が形成されるのは紀元64年のネロの迫害以降だった、と推察しているのだが、ここらへんのほのめかしが、『聖パウロ』では「もう批判されてもかまわない」とでも開き直ったかのように吹っ切れた書き方をしている。

 それは使徒行伝の記述が正しければ、囚人としてローマに送られたパウロは、到着後も比較的自由に宣教活動を行ったが、長い確執があったエルサレム教会を代表するペテロがローマにやってくると「二人の使徒のあいだのあまり模範的ではない対立によって、激しい緊張が生じた。これが九五年に執筆したコリント書のなかでローマのクレメンスが示唆しているものだろう」「(ネロが)放火犯として罰するめたにキリスト教徒たちを逮捕するという六四年における帝国警察の任務は二つのグループのあいだの相互の告発にとって容易なものとなった。こうしてそれぞれのグループの指導者が、他の多くの信者とともに、命を落としたのである。この際にパウロは、ローマ市民であったために残酷な刑を免れて、オスティア街道において処刑された」(p.125)とまで書いている。

 『キリスト教の揺籃期』では「異邦人の使徒パウロは、かなり惨めな状況で自分の生涯と任務活動を終えたということができる」(p.152)、「パウロが創立したした幾つかの教会は、自分たちの使途であるパウロが投獄されそして死刑に処されてしまったことで、途方に暮れていた」(p.155)と書いているが、その後、95年頃にパウロの影響下にあったグループが、パウロの手紙を集めて出版(もちろん手書きだが…)することを思いつき、それを実行することによって、今日まで残る新約聖書のうち1/3までもがパウロの名前で書かれた書簡で占められるようなことになった。そして、それは『聖パウロ』によると「彼の活動がほとんど完璧な失敗であり、彼が生きていた当時は、愛情の対象となるよりも、はるかに憎しみの対象となることの多かったということを考えると、見事な巻き返しになっている」(p0169-170)といえる。

 この「彼の活動…」以下は、『聖パウロ』の最後の文章であり、しかもそれがトロクメ先生のパウロに関する長期間にわたる考察の結語だと思うと、感慨深い。

 でですね、こうしたキリスト教の初期共同体の研究なんかを読むと、ウェーバーのこんな言葉も思い出されるんですよねぇ…。

「啓示と剣という二つの非日常的な力は、また二つの典型的な革新者、でもあった。しかしこの二つは、その仕事をしおえるやいなや典型的な仕方で日常化へと転落していった。予言者や将軍が死ぬと同時に後継ぎの問題がもちあがってくる-中略-カリスマ的共同体は、もともとはまったく経済とかかわりをもたず恵贈や喜捨や戦利品によって、共産制的な生活をいとなんでいたのだが、それから、土地用益や役得、現物給や棒給、つまり付録[pfrounde]によって暮らしをたてる支配者補佐階層が生じ、その階層は、今やかれらの権力の正統性を、-さまざまり占有の段階に応じて-授封、授任、任命などからひきだすようになった。通例この過程は、支配者権力の家産制化[patrimonialisierung]を意味した」
(マックス・ウェーバー『世界宗教の経済倫理・序論』、青木書店、現代社会学体系5ウェーバー『社会学論集』、pp222-223)

 えーと、最後に一応、言っておきますと、西洋哲学をやってる人はトロクメ先生ぐらいの本は読んでおいた方がいいですよ。新約学プロパーの場合は1000頁ぐらいのフルサイズの注解書(えー、もちろん外国語)が入門篇となるのですが、そうしたものを近代以降の西洋哲学の修士で読むことは時間的にも難しいと思いますので、細かいことは分からずとも、豊かな内容に触れることができるトロクメ先生の本は本当にお勧めです。

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