『花押を読む』
この本を読むキッカケは網野善彦さん。『歴史としての戦後史学』を読んで、中世史家の佐藤進一先生の業績に触れさせてもらったから。佐藤先生は、具体的な身体としての王(日本でいえば天皇)と王が死んでも持続していくような法人としての王があるという『王の二つの身体』の問題にも重なるような、合議と専制をキーワードにした南北朝の研究を体系化されたという。
ということだが実際に読み始めたのは『南北朝の動乱』でも『古文書学入門』でもなく『花押を読む』。前から「花押というのは、あれはなんだ」という興味があったので、それを佐藤先生に解説してもらえれば一石二鳥ということだったのだが、イヤ、本当に面白かった。
まず、花押というのは姓名でいえば、基本的には名を書くものだ、と。しかも、例えば源頼朝の場合、「束」と「月」を合成して一文字にする、みたいな工夫がなされる、と。さらにそこに美的なセンスを加えて崩す、と。もちろん、例えば平清盛の父である忠盛の場合のよう「忠」一文字を草書で書いたものもある、と。このふたつを基本に、後には自分が理想とする政治などを一文字で表したものなのども出てくる、と。さらには、近代になると、漢字だけでなくローマ字を使った花押まで出現する、と。
ことここに至り、日本人ってのは中国から輸入した花押という制度(本人確認のための判)を自由自在に換骨奪胎してしまうんだな、と改めて感動させてもらった。
あと、推理小説を読むように面白かったのが織田信長の花押。信長は一生の間に十数回花押を変えたというが、そのうち、写真のV型などは何が書かれているの分からなかったという。
それが分かったのは偶然、勝海舟の花押を調べた時だったという。海舟の幼名は麟太郎。その「麟」から、鹿の比と米を削り、全体を開いた形にするとVになるという。「麒麟」は平和の時代に出現するという伝説の生物であり、このV型を使い始めて2年後には天下布武の印を使用し始めたことも考え合わすとこの「麟」の花押は「自らの力によって平和の世を将来しようとする政治的意思がこめられているかもしれない」(p.77)という。
この他にも、北條早雲の花押を裏返して直立させると実名の「長氏」が浮かび上がるとか、様々な工夫がなされていたんだな、と感動した。
で、やっぱり一番好きな花押は信長。中でもIVのハシャギっぷりなんざ好きですね。
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Comments
カオウ
外人に受けそうね
時々飛車とか書いてあるTシャツで歩いてるやつら
Posted by: 小杉 | January 14, 2005 06:27 PM
花押とか、人柄出る感じがするのがいいな、と。
信長のIIIとかIVなんか、そのままって感じがするw
で、本文に書き忘れたんですが、信長Iとかは、足利様といって、足利尊氏の開発したスタイルが武家に広まったんすけど、だんだん、そんなとこから飛び出る感じがすごい。
で、その後、は徳川家康の様式が一般化する、と。
なんですかねぇ…
Posted by: pata | January 14, 2005 06:33 PM