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January 15, 2005

『生きていくのに大切な言葉 吉本隆明74語』

yoshimoto74words

『生きていくのに大切な言葉 吉本隆明74語』勢古浩爾

 「結婚して子供を生み、そして、子供に背かれ、老いてくたばって死ぬ、そういう生活者をもしも想定でるならば、そういう生活の仕方をして生涯を終える者が、いちばん価値がある存在なのだ」
「自己とは何か」『敗北の構造』弓立社

「みなさんのほうでは、学校を出て会社に入って、定年までの給料も計算できるというバカバカしい生活になんの価値があるのか、と逆に考えるかもしれません。もう少しして就職すれば、そんなことはウソだとすぐ判ります。つまりそういうふうにおあつらえ向きには、人間は生きられないわけです。そして、そこから大なり小なり逸脱してしまうわけなんです。だから、本当はそんなふうに生きられれば、どんな偉大な人といわれる人よりも、価値のある生き方だといえるのです」
『敗北の構造』弓立社

「平穏な日常生活のなかで脳卒中の後遺症に苦しむ人も、老衰による自然死も、『ヒロシマ・ナガサキ』の被爆者の後遺症や、その死とまったく同等であり、『世界の反核運動に立ち上がった民衆』も、そんなもんにいっこうに立ち上がらずに平穏な日常生活をその日その日なんとなくすごしている民衆も同等である。『反核運動に立ち上がった民衆に挑戦』するのが不当ならば、そんなもんにはいっこうに立ち上がらないその日ぐらしの民衆に『挑戦』するのも不当なのだ」
「『反核』運動の思想批判」『反核異論』深夜叢書社

「念仏によって浄土を志向したものは、仏になって浄土から還ってこなければならない。そのとき相対的な慈悲は、絶対的な慈悲に変容している。なぜなら、往相が自然な上昇であるのに、還相は自覚的な下降だからである」
『最後の親鸞』春秋社

「<知識>にとっての最後の課題は、頂きを極め、その頂きに人々を誘って蒙をひらくことではない。頂きを極め、その頂きから世界を見おろすことでもない。頂きを極め、そのまま寂かに<非知>に向かって着地することができればというのが、おおよそ、どんな種類の<知>にとっても最後の課題である」
『最後の親鸞』春秋社

「職なく、金なく、着のみ着のまま妻君と同棲しはじめたころ、アパートの四畳半のタタミにビニールの風呂敷をひろげて食卓とし、よく作って食べた。美味しく、ひっそりとして、そのころは愉しかった」
「わたしが料理をつくるとき」『背景の記憶』平凡社ライブラリー

(「もう一度生まれかわれたら何になりたいですか?」という問いに)
「もうごめんだ!」
「吉本隆明インケート」『野生時代1979.2』

 吉本隆明さんの著作からテーマ別に74の言葉を集めた本。

 考えてみれば、なんで、こうした本がなかったのか不思議だ。とりあえず、コメントしている内容には、ところどころ疑問点はあるが、最初に「結婚して子供を生み、そして、子供に背かれ…」ではじめ、「もうごめんだ!」で終えるという構成は、ぼくが考えてもというか、吉本さんをずっと読んできた人の多くは、同じ事を考えると思う。ということは、大きく「逸脱」していないので、吉本箴言集としては合格点か。

第1章 生きる―結婚して子供を生み
第2章 闘う―自らを辱めざらんことを
第3章 考える―十年やりゃあいい
第4章 恋をする―籍を入れない男女の関係ってのはさ
第5章 低くする―有能な奴と闘える無能を認める
第6章 認める―僕は敗戦まで軍国主義者だった
第7章 老いる―幸福な老人とかがあると思わないほうがいい
第8章 死ぬ―さようなら、ご機嫌よう

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