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December 05, 2004

『歴史としての戦後史学』

『歴史としての戦後史学』網野善彦、日本エディタースクール出版部

 網野さんのセンチメンタルジャーニーのような本。アンソロジーになっていて、特に印象に残ったのは4つの文章。

 「戦後の"戦争犯罪"」と「戦後歴史学の五十年」は日本共産党の民族派として過ごした"されど我らが日々"を振り返るとともに、戦後史学の流れについて解説している。

 「東寺百合文書と中世史研究」は日本史の研究というのは、こうやってテーマを見つけて、こんな風にテキストを読み、整理・分析されていくんだ、というのが垣間見れたようで嬉しかった。東寺百合文書(とうじ・ひゃくごうぶんしょ)というのは、西日本を中心として約30カ国70数箇所に及ぶ荘園の上級領有権を有していた東寺が、寺院内の各種機関や荘園内部で作成された仏事・法会の経宮や荘園の支配・管理にかかわる文書のことで重文、国宝に指定されているという。

 そして「日本常民文化研究所と文書整理」。『古文書返却の旅』をまだ読んでないので、いろんなところで語られてきた日本常民文化研究所がなぜ整理不可能なほどの大量の文書を借用し、それが返却不可能な事態となっていったかが俯瞰できた。

 その中でも「戦後歴史学の五十年」はこの本のメインテーマでもあり、中心をなす文書だと思う。戦後の史学については、これまでもマルクス主義主導がいわれてきたが、それは「戦前から戦争中にかけてのきびしい弾圧の下では息を潜めながら、非常にしっかりと生き抜いてきた学問的な歴史学が、敗戦と同時に一斉に表に現れてきた」(p.19)と網野さんは評価する。そして、経済・社会史の研究に講座派と労農派の潮流があったように、史学にもそれに対応する流れが形成されていったという。

 どんな主張かというと、「真の意味での民族は、近代になってから初めて形成されるのだ」というのが井上清さんや鈴木正四さんなどの"国際派"、「民族は非常に長い歴史の過程で次第に形成されてくるのだと主張した」石母田、松本、藤間さんなどは"民族派"(p.33)。網野さんは民族派の方だったようだが、文化財が欧米に流れるのを阻止する運動だとか、狂言の野村万作さんや能の観世栄夫さんなど伝統芸能との交流なども生まれていったという。

 こうした自由な雰囲気もありながらも、1952年の頃から日共が武装闘争路線をとるようになり、「現実から遊離した観念的な運動で無理をしていた」「運動はあらゆる面で疲労と退廃の兆候を示し始め、それが歴史学会に及んで」きて、誰々がスパイだみたいな疑心暗鬼が生まれる状態になっていったという(p.39)。

 その後、1955年の六全協を経て武装闘争路線が終焉していくが、日本の歴史学会も『太閤検地』の安良城盛昭さんのデビューによって、マルクス主義的な"封建社会"という一括のくくりではなく、中世社会と近世社会が区分されるようになる、と。そして中世社会については、東国の武士の役割を重く見た領主制論と、荘園の支配者で権門といわれる貴族・寺社・武家と百姓との関係に社会の基本的な支配関係を考える非領主論に分かれて、いまだ論争中とのこと。また、佐藤進一さんがカントローヴィチの『王の二つの身体』(平凡社)の問題にも重なる、合議と専制をキーワードにした南北朝の研究が体系化されたのも重要だとしている。

 また、こんな話はもうすぐ忘れ去られてしまうような笑い話だが、当時、マルクス主義の歴史学者たちは、ノンポリの歴史学者のことを「無思想な」という代わりに「実証主義的な」という言い方で批判していたという(p.28)。こうしたあたりの話を持ち出すのも、網野さんが霞ヶ浦に関してまったく実証性のない報告を行ってしまったという自責の念から、改めて日本常民文化研究所で古文書を読みながらまとめたノートを『歴史学研究』に投稿する、ということにつながっているんだと思う(p.5)。

 読みたい本が見つかるという本はいい本だと思う。この本を読んだおかげで、日本史研究にはまったく素人だったが、佐藤進一さんの『日本の歴史 (9) 南北朝の動乱』『古文書学入門』『花押を読む』を注文した。だから、この本を読んで良かった。

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