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December 29, 2004

ネグリ『ヨブ』#2

 ネグリが獄中で抱きつづけた疑問は、実に単純だ。単純だと一言で片付けては申し訳ないが、誰でも考えつくようなものだ。しかし、だからこそ根源的だともいえる。それは「何故、私たちは悪を生産するのか?」。ネグリは「アウシュビッツと広島の後で、どうしたら理性を信用できるだろうか?スターリンの後で、どうしたら共産主義者であり続けられるだろうか?」とブチまけており、ヨブ記は「理性の誘惑、知の傲慢、倫理的な陶酔-たとえそれらが正当化されるべきものであったとしても-に抗する挑発である」ととらえている(以上第一章第一節)。

 第二節では『帝国』『マルクスを超えるマルクス』につながる視点からヨブ記が語られている。それは「労働は価値であることをやめ、問いとなった」時代における救済の問題なのだ。そして、救いの問題は、それまで労働価値説に拠ってきたマルクス主義者であった人々にとっては差し迫っている。もし、労働が絶対的な他律性によって支配されているとしたら将来には、存在論的な哀しみに続く存在論的な拒絶しか待ち受けてはいないからだ。

 ここでネグリは教父たちの解釈からひもとき始め、キリストの予型としてヨブをとらえていた解釈から、20世紀における「解放の神学」(訳者はp.149でも「解放神学」としているが、これは専門用語の検索を怠ったといわれても仕方がない)による「神とサタンの連合関係、そして人間の苦難を前にしての神の『沈黙』というスキャンダルを明らかにするようなった」と議論を進める(第三節)。

 第二章からはヨブ記の注解の試み。もちろんネグリには文献学的な背景もないだろうし、ヘブライ語の知識もないと思うので、当たり前ながら研究史を踏まえた注解ということにはなりえず、独自の解釈が中心となる。しかし、それが独特の緊張感を持つ。予定調和的な神の前でのヨブの敗北を認めないからだ。いいな、と思ったのはpp.113の「絶対的な悪に対して、神は絶対的自由を代表=表象する。神は、人間には知られていない論理、人間にとってみれば逸脱としている尺度に従って創造する。しかしそれは人間にとっては一体何を意味するのだろうか?」あたり。

 ヨブが最終的に「私は知りました、あなたにはなにごともでき、あなたにはどんな企ても実行不可能ではないことを」と平謝りに謝ることになる場面で、神は「あなたはレビヤタンを魚鉤で引きずり出せるか、綱でその舌を押さえるこどかできるか」と問いかけている。ヨブ記で一番ガッカリするところだ。こんな単純で予定調和的な終わり方ってあるの?みたいな。エンディングがショボすぎるRPGゲームだよ、みたいな。

 ネグリももちろんヨブ記のテキストを拒否する。「このような神秘は、答えではない。神秘と理性の関係は、狂信と意志の関係に等しい」と(p.115)。

 しかし、ヨブは神を見た。とすれば「神は、神という概念を構成する絶対的超越性から引き離されることになった」(p.190)のかもしれない。そしてこうしたヨブの"哀しみのヴィジョン"によってのみ、神のシステムの冷淡さを打ち砕き、意識=良心が構成されることになるだろう(p.200)と、自分なりの"続編"を書く。ネグリが1968年に見たのは、間違いなく、救いだったはずだから。

 よくは理解できていないかもしれないが、『帝国』におけるアメリカが、それほど否定的に描かれておらず、レビヤタンを釣るような破壊的なカオスの力を示す中で立ち上がってきた構成的権力であり、そうしたヴィジョンをマルチチュードが持つことが勝利なのだ、というようなところにつながっているんじゃないかと思った。ネグリ読みではないので、単純すぎるのはわかっているけど熱心な読書ならば、『構成的権力』『帝国』の持つ聖書的なイメージを再確認するだけでもいいんじゃないかな、と思う*1。

 『帝国』のサブテキストとしても読めると思うが、逆に、あまりにもキレイに説明しすぎてしまい、ヨブ記への個人的な応答といった面では破綻がなさすぎるというキライもないわけではない。ヨブ 42:1-6のヨブの答えに対するガックリ感をもうちょっと書いてほしかった気がする。でも、それも含めてのヴィジョンなのかもしれない。

*1

ヨブ 41:6 誰がその顔の扉を開くことができようか。歯の周りには殺気がある。
ヨブ 41:7 背中は盾の列/封印され、固く閉ざされている。
ヨブ 41:8 その盾は次々と連なって/風の吹き込む透き間もない。
ヨブ 41:9 一つの盾はその仲間に結びつき/つながりあって、決して離れない。
ヨブ 41:10 彼がくしゃみをすれば、両眼は/曙のまばたきのように、光を放ち始める。
ヨブ 41:11 口からは火炎が噴き出し/火の粉が飛び散る。
ヨブ 41:12 煮えたぎる鍋の勢いで/鼻からは煙が吹き出る。
ヨブ 41:13 喉は燃える炭火/口からは炎が吹き出る。
ヨブ 41:14 首には猛威が宿り/顔には威嚇がみなぎっている。
ヨブ 41:15 筋肉は幾重にも重なり合い/しっかり彼を包んでびくともしない。
ヨブ 41:16 心臓は石のように硬く/石臼のように硬い。
ヨブ 41:17 彼が立ち上がれば神々もおののき/取り乱して、逃げ惑う。
ヨブ 41:18 剣も槍も、矢も投げ槍も/彼を突き刺すことはできない。
ヨブ 41:19 鉄の武器も麦藁となり/青銅も腐った木となる。
ヨブ 41:20 弓を射ても彼を追うことはできず/石投げ紐の石ももみ殻に変わる。
ヨブ 41:21 彼はこん棒を藁と見なし/投げ槍のうなりを笑う。
ヨブ 41:22 彼の腹は鋭い陶器の破片を並べたよう。打穀機のように土の塊を砕き散らす。
ヨブ 41:23 彼は深い淵を煮えたぎる鍋のように沸き上がらせ/海をるつぼにする。
ヨブ 41:24 彼の進んだ跡には光が輝き/深淵は白髪をなびかせる。
ヨブ 41:25 この地上に、彼を支配する者はいない。彼はおののきを知らぬものとして造られている。
ヨブ 41:26 驕り高ぶるものすべてを見下し/誇り高い獣すべての上に君臨している。
(新共同役)

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