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December 26, 2004

『統合失調症あるいは精神分裂病』#1

kenmi_kazuo
『統合失調症あるいは精神分裂病 精神病学の虚実』計見一雄、講談社選書メチエ

 精神分裂病な関する本を、素人なりに読んできたのは、この病が人間って何なのよ、という問題を考える際に、重要な示唆を与えてくれるというか、人間理解の一助になるというか(なにもアタシごときが考える必要はないという議論は置いといて)、まあそんなことを考えてきたのだが、ある地点から「あまりにもムズカシ的…」と振り切られてしまった感にさいなまれていた。

それはラカン。まったく理解できなかった。でも、レヴィ・ストロースも自伝『遠近の回想』みすず書房の中で「それ(ラカン)を理解する必要はあるでしょうね。しかし私は常々、彼の熱心な聴講生たちにとっては、「理解する」ということはどうも私が考えるような意味ではなさそうだ、という印象を持っています。五回か六回読まないと私には理解できませんでしたね。メルロ=ポンティとそのことを話したものですが、結論は、我々にはその時間の余裕がないということでした」(p.140)と語っているのに随分勇気づけられて、レヴィ=ストロース(ちなみにリーバイ・ストラウスとスペルは同じ)とメルロ=ポンティでさえもラカンについて「五回か六回読まないと理解できような本を読むヒマはない」と言えるのだから、単なる本好きのアタシが理解できないのも無理はない、と思い、以降あまり理解力のなさを気にかけないようにするという現実的な対処をしてきた。

 そんな乏しい読書歴ではあるが、分裂病に関してこれほどスパッ!とわかりやすく書いてくれた人は知らないと思ったのが計見一雄さんのこの本。何分、素人なので圧倒的に知識、情報は不足しているのだが、「まちがった思想でも、大胆にそして明晰に表現されているのなら、それだけでじゅうぶんな収穫といえる」(ウィトゲンシュタイン「反哲学的断章」青土社、p198)だと思うし、なによりも、精神分裂病を運動障害のようなものとしてとらえ、分裂病から神秘のヴェールを剥ぎ取ったような暴れん坊ぶりが素晴らしいと思った。

 この本のキモは「第6回講義 運動が阻害されるということ」と「第9回講義 何が分裂し、何が統合されるのか」。忙しい人はこの2章だけを読んでみてはどうだろうか。講義録を元に再構成したというが、同じ事をけっこうグルグル言っている場面があるので、理由付けを述べている部分を除けば、この2章だけでいいと思う。

 さて、計見さんの主張を勝手にサマライズさせてもらうと、まず講演の聴衆である医療関係者に対して分裂病患者に対して、具体的に何に困っているのか、それをどうしたら改善できるのか、というアプローチをしろ、と要求する。そして、7300件の緊急入院患者を診たという臨床体験から、分裂病患者の人たちは例えばタバコを吸うためのライターをナースステーションに借りにいくとか、コカ・コーラを飲むために冷蔵庫を開けるとかいうことさえも"貫徹"できず、途中でやめてしまう場合が多く、それによってたまったフラストレーションを爆発させてしまうことになる、というケースが多いことを語る。ならば、そうした一連の行為を分割して、ひとつずつできるようにしていく、という方向に持っていけば、暴れるから入れられていた保護室からも出られるようになるし、症状が改善して退院できるようにもなる、ということにつきる、と。

 問題になっているのは「運動を組み立ててまとまりのある行為をする能力」(p.152)なのだと計見さんは言い切る。なぜライターを借りるとか、冷蔵庫からコーラを出すということができないかというと、自分の部屋からナーススーテションまでに行く間に、妨害的な刺激(脳内妨害刺激)によって行動が完結しないからだ、と。そして行動が完結しないと「衝動とリアリティの仲介者である自我装置(エゴ・アパレータス)が壊れる」とハルトマンを引きながら説明する(p.168)。普通、自動車のエンジンはガソリンで動くが、患者さんたちは、いわば精製されていない原油が入っているような状態だから、いつまでもエンジンがかからず、エネルギーの源である原油も減らず、やがて自我装置そのものが壊れてしまうことになる、と(通常の人の場合はエンジンが動くように欲求は満たされるし、そうなればガソリンも減る)。

 ぼくたちは、様々な欲望をもっているけど、それらはすぐに満たされないことが多い。それは社会的制約があるから。例えばハラヒロミ監督と酒でも飲みながらじっくり戦術論を戦わせてみたいとか、増島や梶山に合コンに連れていってもらってドサクサまぎれに説教のひとつもたれてみたいとか、FC東京に超大物助っ人が来てほしいとか考えても、それはほとんど満たされない。しかし、こうした矛盾をなんとか抱えながら、統合しているのが自我装置の機能なのだ、みたいなことを計見さんはしゃべっている。そして、靴下を履くという行為が1)体幹を安定させ2)足先に靴下を広げ3)それに足を入れて4)ひっぱりあげるという行為に分割できるとすれば、こうした行為をひとつ、ひとつできるようにするのが、有効だし、昔、良いクスリがなかった時代に、日本の看護師さんたちが、農繁期に患者さんたちを実家に連れていって、農作業を手伝ってもらうような「作業療法」が効いたというのも、こうした理由からではないか、といのが「第6回講義」の内容。

 「第9回講義」については後ほど…。

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