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November 09, 2004

『武士道の逆襲』

『武士道の逆襲』菅野覚明、講談社現代新書

 新刊だと思ったら、PHP研究所から出されていた『よみがえる武士道』の焼き直しだという。ちょっとガッカリしたが、つまらなくはない。

 ざっくりいってしまえば、西南戦争を経て、武士団が日本社会から一掃された後に、新渡戸稲造などによる"明治武士道"がブームになるが、それは西洋の倫理に対抗するために、むりやり日本の伝統の中から探し出してきて、しかもかなり換骨奪胎している主張だった、と。戦国時代までの武士道というのは、血塗られた作法であり、それを徳川幕府が戦闘者としての、というよりも天下国家を統治するための新たな倫理"士道"として再編したものに由来する、みたいなものだ。

 著者の定義によると、原始武士道は「自己の自立を懸け、己と己の一部たる妻子、共同体のために戦う、私的戦闘者であることに根ざした思想である」(p.232)ということになる。

 個々の事例や論議は面白い。「主人の悪事を見て、諌言をいるる家老は、戦場にて一番槍を突くよりも、遥かに増たる心ばせなるべし」という徳川家康の言葉として斉昭の家訓『明訓一班抄』に残されているが、「諌」という言葉自体が私であり、おもて向きは諌言はありえず、隠密になされ、機嫌を損ねたら切腹を申し付けられるものだったという。だから、命を捨てて"諌言"することは、奉公の治世における噴出形態と考えられる、という議論(p.170-172)。

 しかし、それよりも、本当に書きたかったのは、最終章の明治武士道に関する考察だろう。

 著者によると、明治15年に下された「軍人勅諭」は、自立した戦闘者としての武士を「私情の信義」として否定し、武士の英雄豪傑たちは「禍に遭ひ身を滅し」たと結論づけられている。これは、西南戦争の記憶も新しく、武士道を「中世以降の如き失体」として否定しなければ、天皇の軍隊を創設できなかった、という理由によるものだ(pp.258-259)。その後、日清戦争の勝利などによって、軍隊が揺るぎない唯一の武力だと認識される明治30年すぎになって、キリスト教文明の西欧諸国との関係において、日本の自意識を分かりやすく表現でき、しかも昔からあった価値観として、武士道が引っ張り出されたという構造がみえる、と著者は主張する。

 その証拠として新渡戸稲造、内村鑑三はキリスト者だった。キリスト教国の知識人に対して、日本の義は聖書の義に似ているなど日本の独自の精神文化である武士道は、実はキリスト教精神とつながっている、と強引に主張したのが新渡戸らの明治武士道であって、内村にあっては、「物質文明に汚染され、衰弱した欧米の精神にはもはやキリスト教を支える力がない」、日本人の道徳性は「キリスト教を背負うためにこそ二千年にわたって育てられてきたのだ」というトンデモ的な主張につながっていくのだ、というのが著者の言いたかったことだと思う。
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