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November 21, 2004

『僕の叔父さん 網野善彦』*4

 もうひとつ個人的に感動したところを書くとすると、それは都立北園高校の教諭時代の話。網野さんは、アカデミックなキャリアを一度絶たれているのだが、そこで日本史を教えているときに、ひとりの生徒から受けた質問が天皇制に対する新たな視点、研究につながっていくという場面だ。

 網野さんは当時、冬場を除いていつも同じ背広を着て、黒いかばんにたくさんの本を入れて持ち歩いていたというが、その背広の袖や腰のあたりがテラテラ光るようになってしまい、高校生たちから「光の君」というあだ名を頂戴していたという。新一さんは「なんとセンスのいい高校生たちではないだろうか」と東京の高校生はさすがに違うと変な感心をしたというが、その高校には何人ものとても優秀な生徒がいて(『経哲草稿』や『精神現象学』なんかをすらすら読んでしまうような)、授業中に難しい質問をするのを楽しみにしているようだったというが、ある日、鎌倉幕府の話をしている時に

「先生はそこでなぜ日本人は天皇制を消滅させることができなかったのか、という本質論を説明すべきではないですか。先生の説明は現象論の域を出ていない、それでは結局のところ、武士権力も日本魂を護持するため天皇の権威を尊重したのである、という皇国史観と変わりがないではないですか」

という質問をしてきたという(「愛すべき「光の君」pp.122-126)。

 こうした質問にまとも答えることのできる研究はそれまで日本史ではなかったと思うが、網野さんは、皇国史観の権化ともいうべきような平泉澄や中村直勝などの研究を通して、保守的な心情で天皇とつながっている農民層だけでなく、網野さんが掘り当てた悪党と呼ばれたような非農業民をも、神と人をつなぐ宗教的な回路を通じてつながっていることを発見する。

 そうした集団は飛礫を飛ばしたり、武士らしからぬ奇襲攻撃などによって鎌倉幕府を脅かしていき、最後には後醍醐天皇がそうした悪党の勢力を組織化することによって、北条得宗政権を倒壊させてしまうが、「網野さんは、現代にまで続く近代天皇制のはらむ問題点のすべでか、このとき悪党勢力を総動員した後醍醐天皇の闘いに帰因し、そこに深刻な根を下ろしているとにらんでいた」(p.145)としている。これが『異形の王権』のモチーフだったわけだ。

 それにしても平泉澄の修士論文(!)が日本のアジールについて初めて言及したものだったとは知らなかったし(p.173-)、中村直勝が戦前は神格化されていた楠木正成の一族が忍をあやつるような仕事をしていたというような議論をしていた(p.148)のには驚かせる。

 ほかにも、いっぱい書きたいことはあるけれども、それはこれから、この本を読む人たちの楽しみを奪いかねない。ラストなどは涙なくしては読めないし。とにかく、素晴らしい本だった。ありがとう、網野さん、そして多くの中沢さん。

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