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November 21, 2004

『僕の叔父さん 網野善彦』*3

 中沢新一さんの父・厚さんは、祖父で生物学者であった毅一氏の影響を受け子供の頃に洗礼を受けている。そして、中沢家の男子はマルクス主義へと走るが、母系はクリスチャンであることを守っていたようだ。

 そんな山梨の家庭の中で育った新一さんは、金丸信のつくったサントネージュワイン(現・協和発酵)の工場見学にやってきた昭和天皇を迎え、振った日の丸の小旗が触った瞬間「教会で牧師先生の語っている神の栄光などは、どんなにしても抽象的で、子供にはとても実感的に理解できるものではなかった。しかし、自分の前を通り過ぎていくこの世俗から超然とした無垢なるものは、手で触ることのできるなまなましい感触」があることに「深く心を揺さぶられ」てしまったという(p.114)。

 そして夕食のとき"思ったよりよさそうな人だった"と父・厚氏に語ったところ、激しく叱責される。しかし、隠れ皇室ファンであったクリスチャンの祖母から「お前だって、昔は天皇さまにそんなあしざまなことを言っていなかった」「子供にアカがかった考えを吹き込むのはやめておくれ」とすかさず抗議を受ける。

 厚さんは「イエスとマルクスは同じことを言っている。母さんもクリスチャンのくせしてつまらないことばかり言うものじゃないよ」とたしなめるが、当然ながら食卓には気まずい沈黙が流れる。そうした緊張をほぐそうと、新一少年は「なにかのおちゃらかしを言ってから、父親のよく歌っていた民族独立行動隊の歌*4と『パリの屋根の下』を歌って、食事を続けたという。

 いまとなってはまったく、消滅したような風景だろうが、ぼくは深いリアリティを感じ、感動した。新一さんが書いているように、厚さんに「旧約聖書に出てくるユダヤの族長のよう」な孤独を感じることができるからだ(pp.114-117)。

 この孤独はどこから来ているのだろうか。それは、厚さんが「大昔に地方に橋を架けたり難病の人々を救う社会事業に打ち込んでいた、『聖』とか『菩薩』とか呼ばれていた社会運動家タイプの」コミュニストだったからではないか。厚さんは民俗学の知見とコミュニズムの運動は両立するというような夢を持っていたというが、実際の「党」の活動の中では、弁舌はさわやかではあるが、「心の深層構造において荒れ狂うバランスを失った思考のために、しばしば思いやりや憐憫を欠いた過激な発言や行動をとる」ような人々が実権を握ってしまう。このため「コミュニストといえば頭はいいけれども怖い人々という偏見が、広まっていってしまうことになる」わけだ。

 そして、網野さんも思考停止に陥ることなく、「宗教でもコミュニズムでもない別の道」というものが、あると信じて、学問の闘いを続けた人でもあったという(pp.118-122)。

 ぼく自身はまったく頭などよくはなかったが、つまらない活動に身をやつしていた時には、論争の技術と人をやり込めることだけを覚えていったように思う。そんな自分にイヤ気がさしたのも足を抜いた理由のひとつではあるが、確かに、そうした運動の中には、内面の深いところ調和の感覚を保ち、いつも微笑んでいるような人たちがいたことを思い出す。勉強会などでも、チューターの語る言葉にアリバイ的に熱心にメモをとるでもなく、議論にも積極的に参加するでもないような彼らだったが、時間があいたときに人が集まるのは、そうした人たちの周りだったような記憶がある。

 1980年代以降、そうした人々はどこに行ってしまったのだろうか。

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*5

*4
「民族独立行動隊」【作詞】 きし あきら【作曲】 岡田 和夫

1.民族の自由を守れ
  決起せよ南部(祖国)の労働者
  栄えある革命の伝統を守れ
   血潮には 正義の血潮もて 叩き出せ
   民族の敵 国を売る 犬どもを
   進め 進め 団結固く
   民族独立行動隊 前へ前へ 進め

2.民族の独立勝ち取れ
  ふるさと南部工業地帯
  再び焦土の原と化すな
   血潮には 正義の血潮もて 叩き出せ
   民族の敵 国を売る 犬どもを
   進め 進め 団結固く
   民族独立行動隊 前へ前へ 進め


*5
『がんばろう!!決定盤 日本の労働歌ベスト』

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