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October 16, 2004

『歴史の話』

『歴史の話』網野善彦、鶴見俊輔 朝日選書
 網野さんを追悼する形で選書として再刊された本だ。いろいろ知らないことばかりだったので、箇条書きにしてみる

「天皇制」という言葉がコミンテルンの32年テーゼ(さんにいてーぜ、と読むのがプロ)の翻訳で初めて使われた政治用語だったということ(p.13)。鶴見さんは「天皇制というのは翻訳語なんですね」と語っていたのが印象的。

網野さんは「戦国期の真宗は、本来、商工業者に支えられた宗教だと思う」と語るが、その関連で井上鋭夫さんが『山の民・川の民』で「ワタリといわれた山の民、川の民が真宗を支えていたのだ」と主張されていたこと(p.44)

朝鮮と日本の関係で網野さんが「古代史を見ても、百済との関係では、日本側は通訳を置いたことがないように見えますね」と語っていたこと。百済からの帰化人はすぐに日本の宮廷にも溶け込んでいまうが、新羅に出兵しようとしたときには通訳を養成しようとしていたなど、朝鮮の古代語は多様だったということ(p.84)。

スターリンの民族の定義というのは、ななかなやっているとは聞いていたけど、その引用を初めてキチッと読めた(、p.94)。「民族とは、言語、地域、経済生活および文化の共通性に現れる心理状態の共通性を基礎として生じたところの、歴史的に構造された人間の堅固な共同体である」(『マルクス主義と民族問題』)

水産史、漁業史が日本で盛んにならない理由として澁澤敬三(澁澤栄一の孫で、戦前から戦後にかけて日本の様々な学界のパトロンだった)が「漁民出身の学者がいないから」と語っていたほか、西洋史にも水産史、漁業史があまりないから、日本の学者もマネできなかった、と語っていること。直接の漁業史ではないけど『地中海』というのは、そういった意味でもエポックメイキングな本だったんだな、と改めて思ったことと、網野さんは皇太子をマジメな学者と評価していたのもフムフムと思った(p.118)。

能登の時国家(ときくにけ)が残した文書に関して、網野さんは研究を進めていたということは知っていたが、襖の下張りから出た文書から、時国家は北前船を四隻持っており、金融業も展開していたことがわかったという。大阪から樺太あたりまで商売しに行き、一隻あたり千両ぐらいの商品を載せ、それが年間で三百両ぐらいの利益をあげていたそうだ。「襖の下張りに潜んでいる事実」はこの本の白眉だろう。小さく切って張ってある襖の下張りを剥がして、並べなおすというのは、死海文書の再構成並みの(ちょっとオーバーかもしれないが)仕事なんだな、ということも知った(pp.122-126)。

あと、個人的に印象に残ったのは、網野さんは自分の修士論文だかを「恥ずべきもの」として、かつて荘園制度について書いたものから脱出するために、10年かけて資料を読み直すところから始めたという。ぼくも、網野さんとくらぶべくもない恥ずべきもの書いた記憶があるので、いつか、それに決着をつけないと…。
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