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October 10, 2004

『ベルリン陥落 1945』その2

丸谷才一さんのエッセイに、新幹線に乗りながらソルジェニーツィンの『収容所群島』を読むが、つらくなってしまって、時々、窓の外をながめて気分を落ちつかさなければ先に進めない、というような文章があったと思うが、『ベルリン陥落 1945』は全篇そんな感じ。

 なぜ、ベルリン陥落を描くのか、という意図は「まえがき」で明らかだ。ヒトラーが思い描いた焦土作戦をボイコットした良心的な軍高官のシュペーアでさえ米軍の尋問に答えて「歴史はつねに終末の出来事を強調する」として、みじめなナチスの最後だけを強調するのではなくその成果も評価すべきだと語ったのだが、著者は「政治指導者とその体制の本質をなによりも如実に物語るのは、その没落の様態だという事実だ」(p.29)とする。そして、その没落の中で、最も苦しんだのは「歴史って、とてもしんどいもの」として耐え忍ばなければならなかった、匿名女性だったのだ。

 ヒトラーとヨードルはともにオースリアやバイエルという外敵の脅威を比較的受けたことない地方の出身であことが、赤軍との東部戦線への備えを甘くさせたのかもしれない、という指摘は新味があった(p.50)。ヒトラーはスターリンによる赤軍幹部の大粛清を見て、一気にソ連に攻め入ったのだが、最終的には「剛健で、あれこれ文句を言わず、無頓着で、根っからの宿命論者」であり「危険な目にあっている仲間たちを見殺しにせず、まるでそれも仕事の一部であるかのように静かに死んでいく」普通の歩兵に圧倒されていったのだ(p.52)。しかし、戦闘状態では完璧なマシンである赤軍の歩兵も、大きな弱点はあった。それは野放図な軍規紊乱。

 いったん敵地を占領すると、彼らは「飲んだくれて、全く恥知らずにレイプするならずもの」に変身するのだ(p.72)。こうした行為にどぎもを抜かれた観念的でまじめな共産党員やインテリもいた。手足をひろげて地面に寝かされたドイツ女性のまえに部下を並ばせようとした中尉を射殺した師団長もいたが、短銃で武装したのんだくれの兵士を抑えるのは困難だったし、「敵をあわれむブルジョワ・ヒューマニズム」ということでNKVDのスメルシュに逮捕される危険もあった。赤軍の戦争状態が長引くにつれて、スターリンは「戦地妻」の容認に踏み切ったが、そうした「戦地妻」もドイツ女性へのレイプに対して「わが軍兵士のふるまいは、絶対に正しい」と言い放つ(pp.72-75)。

 これなんかは、イラクの刑務所で囚人たちを裸にした写真に納まった、アメリカ軍の若い女性兵士を思い出させる。赤軍の兵士たちは「ヨーロッパをファシズムから解放する道徳的使命を引き受けたからには、個人のレベルでも政治のレベルでもまったく思いのままにふるまうことができると」(p.76)思い込んでいたに違いないとしているが、イラクの米兵も同じような思い込みの中にいるのではないか。

 ビーヴァーによると、赤軍兵士のドイツ人女性に対するレイプは4つの段階に分けられるという。第一段階は、ドイツに攻め入り、その領内の生活水準の高さを知った赤軍の兵士たちが怒りを燃やして、その怒りの矢を女性に向けていた段階。この段階のレイプには激しい暴力を伴っている。第二段階はやや落ち着いたものの、性的な戦利品として扱った段階。

 ここまでは「戦時においては無規律な兵隊が、恐怖も処罰もなければ急速に原始的なオスの性衝動に立ち返る」段階だと思う。しかも「赤軍の実例が示すように、集団レイプの慣行が団結を固める形態のひとつにさえなりうる」のだから始末におえない(p.483)。

 次の段階はドイツ人女性の側からの接近として考えられる。レイプに暴力が伴わなくなれば、飢餓が進行する中であれば、特に食べさせなければならない子供をかかえている女性は、食物と交換で積極的に春をひさぐ段階だ。第二次大戦期の米軍兵士にレイプが必要なかったのも、大量にタバコや食料を保有していたからだ、としている。この段階でレイプと性的共用の区別はあいまいになり、最終的な第四段階では、「占領地妻」として同棲するようになっていったという(p.607)。社会的な段階とでも呼べるだろうか…。

被害を受けたのは一般のドイツ人だけではなかった。古くからのドイツ共産党員たちは、解放軍として赤軍を迎え、自分たちの妻やガールフレンドを炊き出しや看護のボランティアとして差し出したのだが、そうした人たちも集団レイプの対象となり、比較的裕福な層が収容されていたユダヤ人収容所でも、解放されたとたんに女性たちはレイプの対象になっていったという。

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