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October 23, 2004

『グノーシス 古代キリスト教の異端思想』#2

 第二章「ウァウレンティノス派」はやや退屈かもしれない。主に紹介されているのはプトレマオスによる神話。トンデモ系のグノーシス紹介ではウァウレンティノス派のプトレマイオスなんて、ネタ本からそのまま抜き出しましたみたいな記述もあるが、ウァウレンティノス派という言い方自体、正統派キリスト教が敵対勢力を反論しやすくするためのレッテル張りというか「歴史的な実体を欠く記号のようなもの」(p.53)である可能性すらある。

 さて、その神話だが、やや退屈。プトレマイオスの世界観というかキリスト教グノーシス(γνωσιs=知識)の典型をざっくり語ってしまえば、旧約聖書の創造神(デミウルゴス)の元をつくった至高神(προπατηρ=原父)を想定し、人間はその至高神のプレーローマ(充満領域)がつくった30対のアイオーン(αιων=元は時という概念の「存在」)から直接こぼれ落ちてしまった存在である、という考え方。

 神話をうだうだと書けば、30番目のアイオーンであるソフィア(σοφια=智恵)が、第一アイオーンであるヌース(νουs=法)しか見ることができない至高神を見ようとしてプレーローマから転落しかかってしまう。こうして不安定となったプレーローマの出来事から「物質的なもの」「心魂的なもの」「霊的なもの」という三元素が流出し、この世と世界がつくられた、と。詳細を書けば、ソフィアがプレーローマから転落しそうになったときに流出した「思い」から「アカモート」(下なるソフィア、ヘブライ語の「智恵」であるホクマーに由来)が生まれ、アカモートが「心魂的なもの」から「デミウルゴス」(プラトン哲学における創造神)をつくり、デミウルゴスが「物質的なもの」「霊的なもの」から天地を創造した、と。そしてこのデミウルゴスこそが旧約の神だ、と。なぜか、人間はデミウルゴスからではなく「霊的なもの」からこぼれ落ちたもので、この神的な本質を知覚(グノーシス)したものは救われる、と。さらにキリストと聖霊、天使とソーテール(救い主)という新たなアイオーンが流出された、と(まあ、詳しくは本を読んでください)。まあ、とにかくこんな神話だ。

 そして、こうしたグノーシスの考え方をキリスト教にもたらし(やがては異端として排斥されるが)たのは、新約聖書の使徒行伝やパウロ書簡などにも描かれている熱狂的なキリスト教徒だった、という指摘(p.78)につながっていく流れは見事。

 グノーシス神話においてアカモートの救済はソーテールと天使の結婚に実現するとしているが、救済を結婚にみたてるのはギリシアやオリエントの古い神話にも見られる。そして、プトレマイオスが光(救済)を受ける場所として重視している「新婦の部屋」に似た概念は、実はマルコ福音書にも出てくる。それはマルコ 2:19 「そこでイエスは彼らに言った。「新婚の部屋の子らは(圧倒的な歓喜の場である婚礼に招かれた客)、花婿がそこにいっしょにいるのに、断食できるだろうか。花婿がいっしょにいる間は、断食はできるはずがない」(1995岩波版)。

 この「新婚の部屋の子ら」υιοs του νυμφωνοsはプトレマイオスの「新婦の部屋」に対応している、という。意味はどちらも婚礼の場であるから。そして、グノーシスの重要文書である『フィリポ福音書(127)』にも「誰であれ、新婦の部屋の子となるなら、光を受けるだろう」という記述があり、祭儀行為の中で最も重視されていた、と。そして、マルコ福音書において旧約の律法を守らないイエスの弟子たちは、終末的な「新婚の部屋にいるからだ」とされているわけだ。

 いまにも終末がやってくるみたいな熱狂的な雰囲気が原始キリスト教の信者たちの間にあったということは、新約文書の中にも多く報告されているし、それらがフィリポ福音書か読まれていたメンバーたちの間のように、すでに終末は起こってしまっており、新婚の部屋に招かれたんだ、というような「現在的終末論」に傾く可能性は大いにあった、というわけだ。
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