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October 23, 2004

『グノーシス 古代キリスト教の異端思想』#1

『グノーシス 古代キリスト教の<異端思想>』筒井賢治、講談社選書メチエ313

 グノーシスというのはとても魅力的な思想だとは思うが、その魅力を分かりやすく伝えてくれるような和書は、この本が出るまで、なかったと思う。それはしょうがない一面もあるわけで、学問としてグノーシスを研究しようとするならば、基礎的研究集団をつくるためにもグノーシスに関するまとまった文書をまず和訳しようとするのが第一段階だと思うし、しかもグノーシスの場合は、まとまったオリジナルの文書というのは1945年にエジプトで発見されたナグ・ハマディ文書まではなく、しかも、それはコプト語(古代エジプト語)で書かれていたということから、コプト語をまず勉強して…という気の遠くなるような遠距離からの作業が荒井献さんを中心に始められたわけだ。それが大貫隆さんに受け継がれ、ようやく岩波から『ナグ・ハマディ文書I~IV』が出たのは1997年。1965年生まれという筒井賢治さんは、日本のグノーシス研究でいえば、第三世代にあたるといえるか。とにかく荒井、大貫といった先達がどうにかこうにか日本に紹介したグノーシスという概念を、ようやく単なる紹介ではなく、自分にもものすごく関わっているんだ、というような感じで、はじめてぼくみたいな一般的な読書好きの琴線に触れるような本を書いてくれたんじゃないかと思う。

 いまんとこ、この本が今年のベストワン。それほど素晴らしいと思う。

 第一章。この人つかみがうまい。つか、初めてのメジャーな版元からの出版ということで、すごく頑張ってサービスしてくれている。そうした努力がさりげなくわかるのはいいことだ。

 始まりはアプレイウスの『変身物語』というか通称『黄金のろば』の劇中劇として有名な「アモルとプシュケー」の話から。神であるにもかかわらず人間の少女プシュケーと結婚したアモル(愛)。しかし、どうしても夫の正体を知りたくなった妻は夜中にランプを灯し少年神の姿を見てしまう。怒ったアモルは飛び立ち、プシュケー(魂または風)は放浪の旅に出て、ヴィーナスの奴隷され、冥界から美しさの入った手箱を持ってくるよう言いつけられるが、開けてはいけいなといわれたのに、また中を見てしまい死んでしまうが、最終的にはアモルに助けられる、というストーリー。

 この物語は古代西方キリスト教会最大の神学者であるアウグスティヌスの『神の国』にも引かれているのだが、実は「好奇心」を否定して「啓示」(神からの一方的な救済)を肯定するというグノーシス神話のパターンが共通していると筒井さんは指摘する(p.27)。

 そして、ゴーギャンの「我々はどこから来たのか、我々は何か、我々はどこへ行くのか」という有名なタイトルを持つ絵に触れながら、このオリジナルはグノーシス主義者テオドトスの「我々は誰だったのか、我々は何になったのか。我々はどこにいたのか、我々はどこに投げ込まれたのか。我々はどこに向かうのか、我々はどこから解放されるのか。誕生とは何か、再生とは何か」に由来するという展開にもっていく。

 しかし、さらに、この問いかけはグノーシスの専売特許ではなく、これまたアウグスティヌスが引いているローマ詩人ペルシウスの『風刺詩』3.66-72にも見られるととして、「我々はどこから来たのか…」という問いかけは、紀元後一世紀頃以降にみられた普遍的な問題意識かもしれない、と大きくまとめる構想が素晴らしい。そして、「アモルとプシュケー」のように物語にアレゴリーをきかせて哲学的な内容を語るとか、風刺詩の中に哲学的な問いかけを挟みこむというようなことが行われたのは、「娯楽小説の読者層と、哲学や宗教に感心を抱く読者層とが、相当に重なり合っていたのである」(p.39)と結論づける。

 実はこの後、地中海世界は五賢帝時代という「人類史上最も幸福な時代」(ギボン)を迎える。エイレナオスなどもキリスト教布教にこうした社会的安定が役立ったことを認めているが、そうした平和な時代には文化的な融合も起こるし、キリスト教内部でも教義の構築なども行われるという、まあ、見方によってはヒマなアダ花的百花繚乱時代だったのかもしれない。そして、グノーシス主義とは、決してキリスト教だけのカウンターパートではなく、人間がヒマな時にボーッと考える「我々はどこから来たのか、我々は何か、我々はどこへ行くのか」という問いに対する、ひとつの大きな答えだったのだ、ということを一章では言いたいんだと思う。素晴らしい。
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