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September 08, 2004

『戦争と平和』吉本隆明

 吉本さんは府立化工から東工大というコースを辿った理系の人なのだが、現在の都立化学工業で行った講演などを中心に、同じ府立化工出身の作家、川端要壽さんが世にあまり知られていない講演をまとめたのがこの本。川端さんは春日野や先代若乃花の自伝などが比較的有名な作家で、全作家協会(全国同人雑誌作家協会)などで活動していた人。付けたしみたいに書かれたその川端さんによる「吉本隆明の日常」が面白い。ばななさんに対する親バカぶりもそうだし、高校時代の吉本さんの「俺は絶対に出世するぞ。大臣にはならなくとも、俺は絶対に偉くなる」と教壇に立ちはだかって宣言した場面などは、悪友でしか描けなかった姿だろう。

 内容的には「戦争と平和」と題する講演は1)憲法に国民の過半数の直接投票によって政権をリコールできるという条項さえ入れれば、国家を開き、解体する方向にもっていける2)しかし、すでに高度な消費資本主義国家になっている日本では、個々人が選択的消費を半減させるという行動に出れば、GNPが1/4激減してしまうので政権は持たず、事実上のリコールと同じになる-という10年ぐらい前に、吉本さんがさかんに書いていた内容からは出るものではなかった。

 しかし「近代文学の宿命」はなかなかよかった。これまで書いたりしゃべっていたりしていた内容から踏み込んでいたところを何ヶ所か見つけた。それはヨーロッパの概念と近代日本人のコンプレックスの部分。吉本さんはヨーロッパは普遍ではあるが、それは「近代以前じゃなくて、一八世紀以降の時間というものがヨーロッパだというふうに考えなければいけない」(pp.86-87)と"時間としてのヨーロッパ"という風に、対象を限定する対処の仕方だ。そうした対処の仕方ができなかった時代、あまりにもヨーロッパの存在が大きかった時代の近代文学の伝統というのは、「アジアの端っこにある島国の伝統でもって肩肘張って一生懸命に戦おうとした」(p.89)文学者たちの敗北の歴史だった、と。

そして、こうした戦いを回避して老成した作家というのは「全部例外なく自然との融和というところに自分の文学の本質を移している」(p.94)として、その典型を『本居宣長』の小林秀雄としている。それは「人間の自己の内面の無限性というようなものを追求していくことは苦しいですから、特に日本の社会では今でも苦しいですから、これを途中で止めて自然とどこかで融和するみたいなところに自分の文学をもっていけば、多分、生き延びられるのではないか」(pp94-95)というモチーフだった、と。

 吉本さんは、この「時間としてのヨーロッパ」ということを考えられたから、自分は敗戦後も生き残れたというようなことをしゃべっているように思えるし、それが後のアジア的、アフリカ的という発想にもつながっていくんかな、と改めて考えさせられたのと、最近、やたら吉本さんが、夏目漱石に関して書いているのも、最初にヨーロッパの壁にブチ当たった作家だからかな、と思い、いま『漱石の巨きな旅』を読んでいる。

 大腸癌から早く復帰されることを祈りたい。
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