« B級グルメ札幌篇#1「三角山五右衛門ラーメン」 | Main | CL Group B マドリーvsローマ »

September 29, 2004

『馬・船・常民』

『馬・船・常民―東西交流の日本列島史』網野善彦、森浩一
 あまりにも濃い対談なので、内容については、読んでみてください、としかいいようがなくなる(次の頁に目次を掲げるので参考に)。普通、対談というと、ひとつのテーマを薄ーく伸ばしたような、軽く読めるもの、というイメージが強いが、お二人の対談からは、これまでの学問の歩みの中で論文としてまとめきれなかったものを、とにかく一度吐き出してしまいたい、という切迫感が伝わってくる。

 学術論文にはそれなりの形式があるし、基本は研究史を踏まえたものでなければならないので、どうしても一人の学者さんが、膨大な資料を読みこなし、現地調査も行い、日々の管理業務や学生教育などに追われると、書けないものがたまってくると思う。しかし、考え付いたアイデアは残したいという欲求は常に持っていると思う。

 特にそんなことを感じたのは最後の「天皇と日本」。

 確実に証明できる天皇陵は天武と天智、それに宮内庁が間違ってはいるものの継体の今城塚古墳だけだと推定されているというが(p.257)、そんな常識的なことよりも、始祖王の墓をつくる、という政治的なアイデアがあったとしたらどうか、という発想が素晴らしい。

 森さんによると、北朝鮮で伝東明王の円墳が発見されたが、これは高句麗の歴史が出来上がってくる過程で、始祖王の墓をデッチあげたと考えられるという。そして、その円墳の横には廃寺が発掘されている。日本では聖徳太子の時代に高句麗からやってきた慧慈という指南役が智恵をつけて、神武稜をつくらせたのではないか、と森さんは推測する。神武稜のことは壬申の乱の段階で大海人皇子が勝運を祈願していて、その頃にはつくられていたわけだが、高句麗からのアイデアで始祖王の墓をつくるということが実行されていれば、辻褄が合う、というわけだ。実際に神武稜とされている周辺からは高句麗と同じように廃寺の遺跡が発見されているという。

 また、網野さんは『東と西の語る日本の歴史』で、武士たちが御成敗式目(貞永式目)をつくったとき、評定衆の起請文に天照大神の名があがっていないということを、西と東の差の一例としてあげていた。そして、御成敗式目のような法律を破ったものには天罰が下るというこの種の起請文に掲げられる神さまとして、これ以降、関東地方では天照大神の名があがらなくなった、という。

 その理由として、網野さんは貞永式目のコンメンタリーには「虚言ヲ仰ラルル神」であるから、という記述から説明をしていたが、森さんは関東の武士の信仰を集めた八幡の言い伝えに、八幡は応神天皇であり、中国の南朝の王女が陽にあたって妊娠した子供を流して、九州に着いたのが応神だったという鹿児島神宮(大隈正八幡宮)の話を持ち出してきて、この伝説をとれば「応神以後の天皇は天照大神に結びつかない」、だから「天照大神を排除し」たとも考えられるとしている。

 こうした話は、学術論文にはなりにくいと思うが(ちょっとヤマっ気がある学者さんは小説にしてしまったりするが)、それを対談という形でも残してくれたのは、本当にありがたいと思った。これも手に入りやすいのは講談社学術文庫だが(写真も)、Amazonのマーケットプレイスで格安で手に入れることができた。
uma_fume_gyomin.jpg

目次

1 馬の活躍と人間の争い(東国の騎馬軍団
東国渡来人と馬文化
東と西・馬と船
隼人と馬
犠牲獣と馬
豪族・武士団の地域性
楠木正成の背景
弥生の高地性集落と中世の城
海に向かう城)
2 海からの交流(北陸・能登
港を押さえた豪族・寺社
商業活動と信仰
隠岐と佐渡
吉野ケ里遺跡と神崎荘
出雲と越
海村の都市的性格
瀬戸内海・伊予
太平洋側の動き
スケールの大きい海の交流)
3 歴史の原像(鋳物と塩の交流
隠された女性の活躍
名前と系図
天皇と「日本」

|

« B級グルメ札幌篇#1「三角山五右衛門ラーメン」 | Main | CL Group B マドリーvsローマ »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/1546559

Listed below are links to weblogs that reference 『馬・船・常民』:

« B級グルメ札幌篇#1「三角山五右衛門ラーメン」 | Main | CL Group B マドリーvsローマ »