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September 25, 2004

『海と列島の中世』

『海と列島の中世』網野善彦、日本エディタースクール出版部

 いままで、忠実な読者でなかっただけに、まだ未読の本を読み続けることができるというのは、本当にありがたいことだな、と思っている。網野さんは神奈川大学の教官を長く勤めていた。それが財団法人日本常民文化研究所とのつながりだったというのもまったく知らなかったのだが、この本の「あとがきにかえて」では、そのいきさつが万感の思いをこめて書かれている。

 1950年に大学を卒業したばかりの網野さんは、水産庁が常民文化研究所に委託して行った漁業資料の募集・整理の仕事に携わることになる。おそらくこれが研究者としての第一歩だろうと思われるが、中世以来の特権を持つような漁村を調査し、資料を収集する旅に出る。羽織、袴をはき、「境迎え」してくれた長老たちは、宴を前に、資料の入った長持を前に「いかがしたものか」と文書借用に関する合議を行い、許可されるのだが「鮑や烏賊のおどろくべき新鮮な味とともに、この経験は私にとって、やはりわからないながらもきわめて強烈であった」(p.313)としている。しかし、水産庁の予算はとぼしく、収集された資料はすべて整理されず、常民研は財団法人としても解体される。その常民研を招致したのが神奈川大学であり、網野さんも短大の教授としての職も得て、残務整理にあたったという。そして、古い借用書を手がかりに、30年前の漁村へ返却の旅に出る-というのが、漁民を日本史に引き入れた網野さんのバックグラウンドにあったというのは、知らなかった。

 こうした返却の旅の中で、逆に二神島の二神家や、能登の上時国家のように資料をすべて開放、寄託するようなことにもなるのだが、そうした旅の途中で行われた講演をまとめたのが本書となる。

 網野さんは、日本という国がひとつであるという幻想が生まれた上で決定的な役割を果たしたのは文書主義が徹底された律令国家の制度を中国から導入したことだ、と説明する。お年寄りが酒を飲みながら話すような方言は非常に分かりにくいものだし、列島の口語はヨーロッパならば別の言語と分類されてもおかしくない多様性を持つと思うが、「公文書の世界は全く均質です。そこに日本人の均質性、単一民族などの幻想が生まれてくるのだと思います」(p.28)という指摘は新鮮だった。

 このほかにもも、遣唐使が最後に必ずたちより、20世紀になってもベトナムからの難民まで必ず流れ着く東シナ海の玄関口のような五島列島の三井楽(みいらく)の存在からは、中世においても、漁民たちが朝鮮半島、中国大陸と深い関わりを持っていたであろうことがうかがえるし、いまや、その概念さえも見直されているという江戸時代の「鎖国」にしても、朝鮮半島の海女たちが魚介類を採りに房総半島までやってきていることなどから、深い交流があったことも推察できる。民間ベースだけでなく、13世紀にはサハリンに四度にわるた元寇があったということなどからも新たな視野が求められそうだ(p.9)。

北海道では本州が弥生文化に移行してからも、縄文文化が続いており、これは続縄文文化といわれるが、7~8世紀に入るとさらに擦文文化が現れる。そして15~16世紀になると、勝山館の遺跡では和人とアイヌが一緒に住むようになり、さらに驚くべきことに、中国の青磁、白磁が北九州を除けばもっとも大量に出土しただけでなく、北米インディアンとの交流を示すようなキセルと梅毒にかかった人の骨までも出てきたという(p.217)。

講談社学術文庫にも収録されているので(写真も文庫版)、そちらでも買えるが、ぼくはマーケットプレイスで単行本を手に入れた。

 tabaccosenさん、カテゴリー表示だとコメント機能が不安定になるようです。月曜日に通常のモード戻しますので、それまでご迷惑をおかけします。
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