『無縁・公界・楽』
中沢新一さんと赤坂憲雄さんの『網野善彦を継ぐ』で触れられていて未読だった、『無縁・公界・楽』を、平凡社ライブラリーの増補版でようやく読むことができた。こうした本があるのに読んでいなかったというのは、改めて浅学菲才を恥じ入るばかり。
網野先生がここでやっているのは、中世史のコペルニクス的な転換。ネガティブなイメージのある「無縁」という言葉は、徴税される義務などからの縁を切る、という意味のポジティブな意味合いを持ち、江戸時代まで残っていた「駆け込み寺」のように、公権力の及ばない場所に逃げ込めば、縁を切ることができる、という救いへの希望の場所でもあった、と。それは、西欧などでもあったアジ―ルにほかならない、と。無縁坂なんていう場所の名前は今でも残っているが、坂とか河原とか、境界のような場所は日常空間ではなく、古代からの残されたきたような意識を働かせれば、それは神の宿る場所でもある、と。そこに、逃げ込みさえすれば、過重な徴税からも百姓たちは逃れられることができ、自由な身になれた、と。
そして、海や山などは昔から入会権を認められていたけども、そうした無縁という原理が生きる場所が公界(くがい)である、と。互いに独立した人格を持つ自由人として、パブリックな場所で生きていった人々はいたし、能役者や桂女(白拍子、遊女)などの生き方はまさにそれだし、ある狂言には登場人物が殴りかかられそうになると「公界者に手をだすとはなんと無体な!」と非難する場面もあるという。決して、後の河原者のようなネガティブなイメージではない、と。
そして往生楽土、楽市楽座という言葉に残る「楽」って言う概念は、これはユートピアそのものだ、と網野さんは筆を進めていく。
その中で、改めて考えさせられたのが「勧進」という概念。これは橋をつくるとか、港の浚渫工事をやるための資金を集めるためのシステム。歌舞伎十八番の「勧進帳」で、関所で弁慶が白紙の巻紙を読みながら、勧進のために諸国を回っている山伏なんだ、と富樫にシラを切る場面があるが、そうしたシステムが中世にはあったし、出来たインフラは公界であり、それを維持するために関所料金などを徴収していたのは無縁の人々だったという展開は素晴らしかった。
もっとも、富樫ではないが「ことのついでに問いもうさん」みたいに、そこまでユートピア的でいいの、とは思うけど、思い出したのはジャニスの唄う"ME AND BOBBY McGEE"のサビの部分。
Freedom's just another word for nothing left to lose
(自由ってのは、失うものが何もないこと)
こういう風景が中世の日本にもあったんだ、という論議はとても勇気づけられる。そして、網野史学は伝統的な史学からも無縁で自由な学問だったんだな、と、版元に対して絶版を求める声があがったというこの本を読み終わって思う。

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