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August 10, 2004

讃岐饂飩巡礼紀 その2

いざ山越へ
山越 香川県綾歌郡綾上町羽床上602-2 087-878-0420

 朝は6時起床。横浜はうす曇で、巡礼を果たすヨロコビに体の芯は眠っていても心は萌える。横浜から6:50の京急特急で羽田まで。京急蒲田での乗り換えをいれても約30分、7:20に到着。

 なぜか機上ではすばやく眠れるので、気が付くとそこはもう高松。さっそく、並んでいるタクシーと交渉を始めるが、最初のタクシーに「あのー、山越とか宮武とか回りたいんですけど、ご存知ですか?それと一日チャーターするといくらでしょう?」と尋ねると「あ、うどんめぐりな。まあ、乗ってください」と親切そうな運転手、Sさんが内に秘めた自信をのぞかせながら答える。ままよ、と乗り込み、さっそく値段交渉。「山越から山内、宮武、中村、おか泉、彦江とめぐって高松市内から空港にもどってきたいんですが」と尋ねると「メーターが25000円いったら、あとは倒しますけぇ、いかがでしょ」とのこと。早くも5000円の予算オーバーとなるが「お願いします」と答える。

 ホッとして外を眺めると桜が満開。東京はもう葉桜なのに、南のこちらでは満開なんですねと言うと「最近は1週間ぐらい東京の方が早く咲きますねぇ」という。ヒートアイランド現象化恐るべし。しかし、そのおかげで、ところどころに満開の桜ながめながらの旅を楽しめることになった。そめいよしのの他に、鮮やかなピンクの山桜も美しい。
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 なんて早くも旅を満喫していると9:50に山越に到着。9:00開店なのに、早くも50人ぐらが列をなし、中では満員の客がうどんをすすっている。おそるべし山越。「あと1時間遅れたら、1時間は並ぶことになる」とのこと。危ういところだった。朝一番の全日空にして、最初に山越に来てよかった。

 と考えている間に列が進む。「土曜日はおかわりは再び並んでください」との但し書き。なるほど、だから込んでいるとはいえ流れはスムーズなのだ。中に入った瞬間は忘れられない。湯気が立ち上り、カウンターの店員がうどんを踏みながら会計をし、その横では生地を伸ばしている。巨大な釜からうどんを引き上げるいかにもマチョ系。それを水にさらし、手早くまとめるおばちゃん。狭い空間で完璧な労働のハーモニーが奏でられている。
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 これから行く店では「あつあつ」と「ひやひや」など別なうどんを頼み、半分こずつしようと妹と話はしていたが、山越は別格。巡礼のはじめに世界に冠たる同じ「釜たま」を食べようと決めていた。おばちゃんに「釜たま小ふたつ」と頼み、ふたりで280円(!)を払い、つけ麺用のだしを求めて奥に進む。カルボナーラ状態を保つために、最初は少しだけだしをかけ、すばやくかき混ぜる。そしおもむろに一口。

 声が出ない。
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 なめらかすぎるうどんは、唇にすいつき、おどりながら口のなかをおりていくという感じ。肉感的なうどんに加え、新鮮な卵とネギはどこか野性味さえ感じさせる。最上級のゴハンに、最上級の生タマゴをかけて食べても、このコンビネーションにはかなわないのではないか。この「釜たま」を食べ、真剣に移住を考えたという人の気持ちがわかる。これを毎日食べて生きていく、それだけの人生でもかまわない。フト、そんな気にもさせる。

 気が付くと、うどんをかっこみ、一分ぐらいで完食。あっという間の訪問ではあったが、体内に感じる時間は永遠に近い。今でもひとすすり、ひとすすりがまだ唇に、舌に、鼻腔に、喉に記憶されている。泣きたいぐらいのうまさ。もう一回ならぼうかとも思ったが、すでに100人ぐらいに達している行列を見てあきらめるとともに、並んでいる人たちにココロの中で祝福を送る。「おめでとう、あなたたちも、もうすぐあの至福の時を味わえるんだね」と。

谷川のせせらぎ
谷川米穀店 香川県仲多度郡琴南町川東1490 0877-84-2409

実は、せめて一軒だけは行きたいと思って計画した秘境のうどん店は「山内」だった。本当は谷川米穀店に行きたかったんだけど、いろんな本を読んでもあまりにも遠く、捜しにくいので、今回はルートマップから泣く泣く外したという経緯もあった。しかし、チャーターしたタクシーのS運転手に、一通りルートを説明したら「谷川いきよらんの?」と聞かれるではないか。「いやー、絶対行きたいと思っていたんですが、場所がわからないといわれて…」と答えると、「知っとるよ」とのこと。さらに、さっきまで空港で客待ちしている間に、運転手仲間で、どのうどん屋さんがマイ・フェィバリットか、と話題になったとき、一番多かったのが「谷川米穀店」だったという。Sさんも贔屓にしているらしく、「こんなこと、これから食べにいくお客さんに言うのはなんだけど、ちょっと昔までは水車が回って、それで脱穀しとったんですわ、元は米穀店なんで。その風情はホンマよかったんですわ」とのこと。とにかく、谷川米穀店に行けるのは望外の喜びなので、さっそく、ルートを変更してもらう。

山越にココロを残しつつ、出発したのは10:20。場所は徳島との県境に近い、かなりの山奥にある。時計の文字盤に例えれば「6」あたり。途中、首切峠という恐ろしい名前の峠を通る。そめいよしのより山桜が目立つ本当の四国の山奥をタクシーは進む。昔は「山越」から「谷川米穀店」まで、車で1時間かかっていたそうだが、道路が整備されたおかげで着いたのは10:50。
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店のシチュエーションを説明すると、二股になった川が土岐川になって合流する地点に橋が2本かかっているところから、ちょっとくだったあたり、という感じ。さぞかし、水車があった頃には情緒たっぷりだったろう。開店前だというのに、もう100人以上が並んでいる。前のオヤジさんが、待ちきれなくなって、店の人に聞いたところ「橋の上なら1時間待ち」だという。その橋の上で待つ。

しかし気分はいい。谷川のせせらぎを聴きながら、満開の桜を眺めてのうどん待ちである。カワゲラが飛んできたりもする。やがて列が動き、最初の客が店に入る。しばらくすると一台だけ停められるスペースから、北九州ナンバーのヴィッツが急な坂道をあがってくる。女の子3人が乗っていて、みんなから拍手をうけて、中から手を振っている。アタシたちの後ろに並んでいたのは、男の子といい感じのお父さんの二人連れだったが、小学校高学年ぐらいの子にお父さんが「近所の子じゃ、お前が初めて谷川に行きよることになるの」とか話かけている。地元の人にとっても、谷川に来ることは、それだけでイベントなのだと確信した。

そろそろと列は進みようやく11:40に店の中へ。意外だったのはおばば中心の店だったこと。大きな釜からうどんを釜あげするのもおばちゃん。それをまとめるのもおばちゃん。会計するのだけが若い子。1人白い野球帽をかぶって黙々と麺をうつ人だけが男である。他の店でも、打っている男の人は昔ながら白い野球帽にオヤジ系のロングTシャツという格好が多かった。何かの共通の美意識があるのだろうか。
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それはさておき、ここのメニューはうどんしかない。しかも「ぬくいのか冷たいの」「大か小」だけ。あらかじめ打ち合わせていた通り、温かいの(小)と冷たいの(小)を注文する。

ここは自家製青唐辛子で食わせる店だ。青唐辛子はまさに絶品! 痺れそうだなと思いながらも、鼻腔をつく香りに負けて昔のヨーグルトが入っていたようなビンからプラスチックのスプーンでついついたくさん入れてしまう。うどんは見るからに旨そう。山越の時のように一気にすすりこむようなことはせず、アタシは暖かい方に醤油をちょびっと垂らしていただく(もちろんネギだくなことはいうまでもない)。

うま!山越と比べると、より硬派なイメージか。口の中でのはじけ方がより強い感じがする。途中で妹が先に食べていた冷たいのと交換。おお、こっちはさらに腰が強い。
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テーブルの上には青唐辛子の他にネギ、醤油、お酢が載っているが、今回は酢をかけなかった。次くる時は、絶対に酢を入れてみたいと思う。山越と違い、混んではいてもほとんどの人がおかわりをしていたので、おかわりしようかと思ったが、前途遼遠であることを思い、かろうじてガマンする。舌代はなんと、ふたりで200円(!)だ。断言する。いままで100円で喰ったすべてのモノの中で一番旨かった。

いつか、自分のクルマかオートバイみたいなので着たいな、とかガラにもなく思い、店を出るが、なんと勘定は調理場に中を通ってやるシステムだった!。すべが新鮮で美しい店、それが谷川米穀店である。これで水車が回っていたら、桃源郷だ。

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