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July 07, 2004

『こころの臨床』

『季刊 こころの臨床 a・la・carte 』第23巻2号 2004年6月、星和書店
ぼくみたいな素人が分裂病の本を読むのは、前にも書いたけど、自己とは何か、という問題を考える上での、さまざななヒントが隠されていると思うからだが、精神分析医は仮にもお医者さんであるわけだし、保険に沿った形で薬を処方するしかないにしても、それは「やまい」であり、治癒可能であることが前提になっている。そのことを、当たり前なのかもしれないが、気づかせてもらった。

 この冊子は「寛解過程論(中井久夫)を読み解く」を特集していて、p.124-190まで67頁をあてている。最初の頁がp.124なのは1年で1冊とする紀要という位置づけなんだろう。対象になっている中井久夫さんの『寛解過程論』は、一般向けの啓蒙書やエッセイではなく、専門の医書という位置づけらしい。らしいというのは読んでないから。しかし、日本人の医師の間では必読書みたいだ。

 さて、あらため蒙を啓かれたのが、「中井は統合失調症の発病をポテンシャルの壁を突破して以前とは異なる平衡状態へ移ることとして説明する。それは主体にとっては未曾有な体験である。ポテンシャルの壁はシステム論的には、発病とは非直線的な過程による相変移におけるアトラクター状態に至ることと言いかえられよう」(p.154)という指摘。これは「世界と自己の相補性が消失すること」であり、急性期の状態は「身体の機能が全力をあげて発病を阻止しようとした事態の破綻」(p.160)としてとらえれるべきだという。

 急性期には1)存在は完全に「世界」対「自己」に二分される2)「世界」は「意味するもの」の総体となる3)「自己」は「意味されるもの」となる4)直示と伴示の階層秩序が崩壊し、かつ、伴示の直示に対する優先がおこる-と要約されているが(p.158)、これは『徴候・記憶・外傷』でたびたび引かれる「成人文法性」の崩壊ということに言い換えられるのかな、と思った。

 とにかく、中井さんは、こうした状態からの「下山」に「目鼻をつける」ことを『寛解過程論』でやっているらしい。そして、DMS(アメリカ精神医学会診断統計マニュアル)に挑戦するかのように「向精神薬を中心とする薬物はその道行き(正常なホメオタシスへの回帰*あたしの註)を格段になだらかにするだろうが、それが第一義的手段ではない」(p.164)という主張につながるんだと思う。

 この後は、急性期の対処方法、「寛解期前期」に長期化させない方法、「寛解期後期」への里程標、「慢性化の問題」など、中井さんが臨床医をやっていた青木病院などの医師の報告も交えて、医師オリエンティッドな内容となっていく(もちろん、こうした本によくあるように、報告される個別のケースは胸が張り裂けそうになるほどの緊迫感をもった物語となっている)。

 読み終えると、分裂病を「統合失調症」と言い換えることが、はじめて正当だと思うようになってきた。しかし、それはあくまで中井メソッドを全面的に承認する場合だろうけど。あと、中井さん傾倒しているお医者さんが書いているせいか、みんな文章が読みやすいと思った。これは大事なことだと思う。

注文はここからしかできないみたい。ヤマト運輸がすぐにもってきてくれるからいいよ。
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