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May 04, 2004

『味覚日乗』

『味覚日乗』辰巳芳子、ちくま文庫
 もし、日常を変えようと思ったら、それは出汁をひくことから始めなければならないのかもしれない。小林秀雄ではないが、常なるものを知っているのは、いつの時代も「なま女房」かもしれないから。*1

 辰巳芳子さんの本が静かに読者を増やしているとしたら、それがもしかして日本の主婦たちが、微妙な家庭のゆらぎを、食の再建を通して直そうとしていることのあらわれだったとしたら、本当に素晴らしいことだと思う。また、そのことは、これまでの4人前を中心にしたレシピから、10人前を基本に据えて、あとは使いまわしと保存で補う新しい家庭料理の創造なのかもしれない。辰巳さんのスープ本『あなたのために』も基本は10人前だ。理由は味が違うから。

 ぼくにも、前には頑張って高い食材を買って、高級な料理を自分の家でつくっては自己満足していた時期があった。しかし、ある人から「それは遊び。けっして、毎日を生きる糧とは関係がないこと」とマジで言われて考えさせられたことがあった。そう。食べることは遊びじゃないもんね、みたいな。

 辰巳さんがいいたいことは、ここのところだと思う。「たっぷりめに作った素材を、自分の勘考力で上手に展開させていく-四人前を単位とする、すじ切り料理指導に慣らされた方々にはとまどいのもとかもしれませんが、展開方式に目をむければ、家庭の台所に光が差し込むかもしれません。放送も出版も、料理をもっと台所仕事を全体の枠でとら、仕事全体と労苦を分かつ視点で、世に貢献してほしいもの」(p.207)。

 その展開力の良い例が一週間に一回玉ねぎの始末をつけることであり(「展開料理」)、梅干や梅肉エキスをつくることであり(「梅仕事の心」)、トマトの最盛期にジュースをつくることだと思う(「手づくりのすすめ」)。
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 それにしても、戦前から戦後にかけての辰巳家の食事にありつきたかったな。特に、辰巳家の親父さんには一度なってみたかった。

.........Quote.........

 「ただいまッ」。靴を脱ぐ間ももどかしく、「今夜はなんだ?」と父。「なんでもあるわよ」とはずむ母。
 "なんでもあるわよ"で、目と目がにっこり。「おかえりなさい」と迎えに走り出たみんなも、ぴったり明るく楽しい心になったものです。(p.106-107)

.......................

大好きな浸しものは、やはり春のもの。嫁菜、根三ツ葉、あした葉など、一口かんだららぱっと口中に香気の散るもの-お父さん族には精のつく浸しものをあげねば…いつも子供と一緒、ほうれん草、小松菜、中国菜では、かわいそう。(p.108)

........................

 母は男性をなんとよく知っていたかと思います。はじめから知っていたはずもなく、まして教えられたものでもありません。ただ個性的に父を愛し、父を通して男性方を理解し、"なんでもあるわよッ"に至ったと思います。(p.109)

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朝、なみなみとコップ一杯のトマト・ジュースにレモン汁を落としてすすめます。 酷暑に耐えて、励む人の一日を、あらかじめ養っておかねばの思い入れなくして、誰が手、足を動かすでしょう。(p.110)

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 人が愛ゆえに、作ったり、食べさせてもらったのする日々。過ぎてしまえばなんと短いことでしょう。(p.111)

......End of Quote.....

 時間のない人は、pp.106-111だけでも立ち読みしてみてもらいたい。もし「けっ!」と思ったら、それはしょうがない。何かを感じたら、少し何を変えていくかもしれない。ただし、この本にも、そこはかとなく書かれているけど、辰巳さんはカトリック。嗅ぐ人がいれば、その匂いが気になるかもしれないけど(もっとも、それは香りという言葉で表すものだとは思うが)。

 あと、フェミの人はだめかもしれない。

*1 ここは、言いすぎかもしれないのはわかっている。だって小林秀雄の原文は「現代人には、鎌倉時代の何処かのなま女房ほどにも、無常という事がわかっていない、常なるものを見失ってしまったからである」からだから(『無常という事』)

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