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May 14, 2004

『ホメずにいられない』

『ホメずにいられない―オイラが出会った"ホンモノ"なヒト・モノ・クルマ』福野礼一郎、双葉文庫

 ぼくが知らないだけだったんだろうけど、この人は久々に個人的なツボにはまったライターだ。自分の好きなことを、自分の培ってきたスキルで描き、媚びへつらわず、でも、どこかで人生を肯定している。そんな人の書いた文章を読めば、「まあ、いろいろあるけど、もうちっと頑張ってみっか」という気になれる。

 自動車評論家を表芸にしている福野さんが、この本で描くのは、三ノ宮駅前交差点だろうがどこであろうが自分のロータス・エランの下にもぐって修理を始めるのが趣味の名自動車整備工(もちろん元暴走族)、ル・マンなどでCカーのチーフ・メカニックになった伝説のトランザム乗り、神業によってデキの悪いクルマを日本車並みにする外車のPDI(納車前点検)センターの面々、ひとりで何でも修理してしまう旧車修理のおじさん、元自動車泥棒のカギ開け名人などなどいわば「メタル・カラーの英雄」たちだ。クルマなどには興味もないぼくの目には入ってこない人たちばかりだが、そういった人たちが福野さんの手にかかると、まるで上質のテレビドキュメンタリーでも見たかのように鮮やかなイメージが定着される。

 みんな素晴らしいが、一番、感心したのは、やたら調子のいい「広報車」のワケを知るために、自分の買ったマシンをバラしてまでエンジンの秘密を知ろうとする「チューニングの秘密」のエピソードだ。

 調子のいい広報車についダマされて新車を買ってしまった福野氏は、あまりの出力の差にアタマに来て、知り合いのエンジン屋「ユウジ」に頼んで、広報車と福野氏所有のクルマをバラす。しかし、広報車のエンジンは「ノーマル」というのがユウジの答えだった。なぜだ、そんなハズはない。ゼロヨンで1秒は違うワケはなぜなんだと問いただす福野氏。そのワケは…。
fukuno_home1.jpg

 残留応力で歪んだ鋳鉄が、歪み戻りするまで待って芯を出したクランクシャフトやブロックを使っているからだという。つまり、徹底的に設計図通りの「ノーマル」なエンジンを積んでいたわけだ。市販の福野氏のピストンリングの外径のバラつきは12/100mmあったのに対し、広報車は5/100mmしかバラつきがなく、重さも均一だった。

 福野氏だけでなく読者も「徹底的にバラつきがない部品を使っているから20馬力もの差が出るのか」と小ざかしく理解したつもりになった時、ユウジはこう一喝する。エンジンは「何百もの部品が精密に複雑に噛み合わさってお互いスレ合って、キシミ合って、そいつで動いている精密機械、精密すぎて生き物みたいなったまった機械なのよ」「お前らド素人はエンジンってのがどういうもんか知りもしねえくせに、圧縮比だバルブタイミングがバルブリフトが何だかすぐぬかしやがって、うるせえってんだよ」「エンジンをなめんじゃねってんだよ」と(pp.18-19をアルンジ)。

 短いエピソードなのに、謎が謎を呼び、正解かと思ったさきに、さらに奥深い世界をかいまみさせてくれる。まさに上質の読み物としかいいようのない文章だ。

 しかし、双葉社は、こんな素晴らしいライターの本に、初出一覧さえも付けないとは何事だと思う。あんなヘボ版元に福野氏などはもったいなさすぎる。しかし、初出一覧さえもわからないように書き散らかしてきた福野氏の文章は、そんなことおかまいなしに素晴らしい。

 素早く『ホメずにいられない2』を読んでいる。

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