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April 29, 2004

極私的ジーコ論

昨日、親友の嫁さんから「なんでジーコを擁護するの?そのわけを教えてほしい」と言われた。恵比寿の飲み屋では、十分、説明しきれなかったし、歴史的なチェコ戦勝利で気分がいいので、いろんなところで書き散らしてきたのを改めて整理しようと思う。

アンチ・ジーコは「馬鹿は百人集まると、百倍馬鹿になる」典型

 アンチ・ジーコ派だけでなく、ジーコ批判が広がりをみせたのは、オマーン戦でのふがいない戦いからだと思う。この時点で改めて思ったのが何回も書くが「バルセロナ・オリンピックの予選で中国、韓国、カタールに3連敗したのは1991年だったということを、98%の代表サポは知らないんだろうな」ということ。

 中田英がオマーン戦直後にHPで書いたように、それはアジアを甘く見すぎている。ジョホールバルで突破する前は「アジアの壁」という言葉さえあって、アジアを勝ち抜くことなんていうのは不可能だ、なんていう悲観論が満ち満ちていたことなんか、もうキレイさっぱり忘れたのだろうか?。本職ではないが、いまの多くのサポよりは、はるかにサッカー「全日本」と喜びと悲しみを分かち合ってきたピアニストの山下洋輔さんなんかは「日本チームにも一人ぐらい空手の達人を入れて退場覚悟で相手を殺しまくったらどうか。もつれて倒れるときに肘打ちで相手のアバラを折る。ヘディングの競り合いで頭突きをして鼻骨を砕く。みちろん金はたんまり払う。まあ極端だがこういう背景があるゲームなのだ。外にこのような殺意をはらんでいるゲームだからこそフェアプレーで勝つのがいかに価値があるか分かる。一度殺意をくぐり抜けないと本当のフェアプレーはわからないと思うのだが」(『ドバラダへの道』徳間書店、1993、p.97)と書いてる。

 この後、柱谷は本当に一度、相手を「殺し」にいったことがある。ドーハの時のイラク戦、相手FWのラディに強烈な肘打ちを喰らわせたのだ。多くのファンは拍手喝采をしたと思う。しかし、いかんせん腰が入っていなかった。結局、復活したラディには同点弾をくらうことになるのだが、とにかく、マトモにいったんではアジアの壁なんか突破できない、という雰囲気は、10年ちょっと前には支配的だったというのを、キレイに忘れすぎるのは間違いだと思う。

 たった一回、しかも第三代表としてアジアをやっとこさ突破してワールドカップに行き(本戦の結果は3連敗)、自国開催でベスト16になったからといって、アジアを勝ち抜くことが、無人の野を行くが如く簡単なものだという、わけのわからない楽観論が拡がるというのは、過去から学ぶ姿勢のない愚か者の多さをしめしていて嘆かわしい。今も昔も変わらぬ日本人特有の心情のブレの大きさをあらわしているなとは思うけど、そんなこと文化人類学的に面白がっていてもはじまらない。

 アジアを勝ち抜くことが簡単だと勘違いされている理由としてはトルシエがアジアカップで優勝したという印象が残っているからだろうが、準決勝の中国戦は先制されたのを相手の自殺点で追いついたものだし、決勝なんて後半はサウジに押されっぱなしだった。どうも、そういう記憶ばかり印象に残っているのは、「全日本」の弱すぎる試合を観すぎているのが原因かもしれないが、かといってそういう記憶をスパッと忘れて、「オマーンなんか楽勝だったハズなのに…」「なんでロスタイムの1点しか入らないんだ」と非難をジーコに浴びせるのは「いやはや」としかいいようがない。しかも、前にも書いたけど、前回、前々回とも1次リーグの初戦は1-0というスコアなのだ(これも忘れられている)。

 きっと、02年以降の「サポ」、あるいは98年以降の代表「サポ」は、日本代表はアジア予選なんかスペクタクルに試合展開で全試合3-0以上で楽勝で勝ち抜けるなんて思っているんだろうか?日本がドーハの悲劇に沈んでいた頃、もしかしたら当時も世界一だったかもしれいなフランスがロスタイムのミドルシュート2本で本戦に出場できず、翌年はキリンカップで日本代表を悔しさ紛れに虐殺するしかなかったみたいなことも忘れているだろうか?(4-0になった後はさすがに哀憐の情をもようしてくれたのか手抜きしてくれたがあのままいけば7~8点さられてもおかしくはなかった)。

 世の中に確実なことはないから、ジーコ・ジャパンはドイツに行けないかもしれない。しかし、長期的な目標である「W杯でベスト8以上」を達成するのなら、ジーコという器の中で熟成させるしかないと思う。有効で実現可能な対案あれば聞かせてもらいたいものだが、残念ながら、アンチジーコ派の人たちからは聞いたこともない。

 「ずいぶんえらくなった」ファンが「ジーコでは勝てないのではないかといい出す者まで出る始末」になってきたことには「見ていて恥ずかし」いと感じる。というか、かいつまんで言わせていただくと、「馬鹿は百人集まると、百倍馬鹿になる」(『かいつまんで言う』山本夏彦、p.87)かと。

いまの時点でジーコより適任の日本代表監督はいない

アンチ・ジーコの論調でわからないのが、日本代表の獲得目標をどの時点のどのレベルにおいているのか、ということ。

 日本サッカー協会がジーコを選んだのは、「ドイツというアウェーのワールドカップで決勝トーナメントに進出する。できればベスト8以上を目指す」という目標があったからだ。それはトルシエ流の教え込んでくれるサッカーから脱皮して、選手一人ひとりが大人のプレーヤーとして成長していくしかないという、方針としてはまことにたよりないけれども、まあ、それ以上は考えられない強化方針に基づいていると思う。

 「アジア予選なんかスペクタクルに勝って、本戦でもベスト8確実な監督を」みたいなことをアンチジーコの人たちが言うならば、それはダダッ子のおねだりとしか思えない。

 ジーコ以上の日本代表監督はいるか?いるわけがない!ジーコ辞任要求のデモの影の主催者であるmasterlow氏と飲んだときに俄然一致したことがあった。「ジーコが代表監督やってくれているのにブーブー文句たれる国民は日本以外ないだろう」「そもそも、昔なんかジーコが日本代表の監督になるなどと考えられなかったし、考えたらバカかと笑われたろう」ということ。

 ジーコ監督のキーワードは「格」だと思っている。例えばトルシエクラスの人間がヨーロッパで経験と実績を積み始めた選手が多くなってきている日本の代表監督やったとして、はたして満足に召集できるのか、という問題が確実に起こると思う。8時間の時差を超えて召集でき、相手クラブも納得できるのはジーコぐらいではないか?

 中田英はトルシエ時代にコンフェデ決勝をボイコットしたが、同じようなことは、伸二、俊輔、稲本、高原それに柳沢にだっておきる可能性はあると思う。なんで、スター選手たちが長いシーズン終了直後にもかかわらず従順に合宿に集まって、黙々と練習しているのか。それはジーコのプレゼンス意外にぼくは考えられない。

 ジーコじゃなかったら、中田英は「W杯の後の休暇も短かったし、今回は静養します」とかいって去年のコンフェデなんかはすっぽかしたんじゃないだろうか。なにせ、前回は決勝をすっぽかしているんだから。あと、中村、稲本、高原なんかも休暇を優先するんじゃないかな。もちろんケガとかを理由に。

 「ジーコだから帰ってくる」とまでは言わないけど、すっぽかしにくいことは事実だと思う。そして、現実に日本サッカー協会が契約できる監督で、それだけのプレゼンスがある監督はジーコだけだ。ヨーロッパや南米で有名な監督なんかは代表監督、しかも日本の代表監督なんか誰もやってくれないと思う。そうした認識がジーコを批判している連中には欠けているとしか思えない。

 日本の代表強化はデットマール・クラマーから始まって、コーチングのタネが撒かれた(詳しくは『進化する日本サッカー』忠鉢信一、集英社新書)。しかし、日本リーグにおいて日本のサッカーを活性化させ前進させていったのは、ネルソン吉村でありジョージ与那城でありセルジオ越後なんかのブラジル移民の子孫の里帰り組だった。そして、ラモス、ロペス、アレックスと必ず代表にはブラジルからの帰化選手がいた。

 ヨーロッパ信者たちは否定したいかもしれないけど、日本サッカーのDNAにはブラジルという南米の血が濃く刻み込まれている。そうした環境を所与のものと考え、その上で最強の代表を目指すのだったら、監督は今はジーコしかいないのは明らかではないか。そして、付け焼刃みたいにキーパーを除けば稲本あたりの181cmが一番背の高い日本代表のフィールドプレーヤーに守備を「特訓」するより、才能豊かな中盤で攻撃的に勝負をかけるというジーコのアプローチは、まったく理性的だと思う。

 ではジーコの目指すサッカーはどんなものなのか。いまのところは82年のブラジルの小型版だと思う。それを日本代表が実現できるとジーコは信じているだろうし、その可能性は、Jの発足前に日本リーグ2部だった住金が1)まさかJリーグに加盟できるとは思わなかったのに加盟することができ2)まさか1stステージで優勝できるなんて思わないのに優勝して3)日本の代表的なクラブチームにまで成長した-という彼が日本でやってきた奇跡に近い仕事に比べれば、確率は高いと思う。

 代表監督という地位は、いまやヨーロッパの主要リーグの2部の監督とほぼどっこいどっこいぐらいのレベルまで落ち込んでいる中、ジーコ以上の人材を日本が得られるのだろうか?。日本に15年以上近く住み、サッカーシーンの移り変わりを選手としても、指導者としても肌で感じてわかっている人材がジーコ以外にいないこと。そして、世界の歴代ベストイレブンにノミネートされるような選手で、日本代表監督はもとより、今現在、監督やってくれそうな人はジーコ以外にいないこと。以上、3点を忘れている人たちが多すぎる。

 日本はプロリーグが発足してまだ10年ちょっと。何回も書くけど、バルセロナ・オリンピックの予選で中国、韓国、カタールに3連敗したのは1991年だったということを、ほとんどの代表サポは知らないと思う。メキシコの青い空の時だって、ホームの北朝鮮戦が、完全アウェー状態だったというのを青いシャツを着てはしゃいでいる何人が知っているのだろうか?原博実のゴールの時、立ち上がって応援した代表サポが傘で突っつかれたということを想像できるサポはいるのだろうか。

 もちろん知らない強みもある。だけど、やや本気になったオリンピック予選から10年もたたないうちに「バリ本気になったら」ワールドカップに行けて、次の大会で決勝トーナメントに行けたというのは、日本の社会でいえば高度経済成長と同じで、もう二度とありえないことなんじゃないかと疑ったりはしないのだろうか?

 トレセンのシステムをつくって、全国から人材を集めて、用語も統一して、国中で一貫した育成を行えれば、世界のベスト20にはいけるかもしれない。しかし、それからはムリだろう。では、どうやったらいいのか。それは、トゥルシエでさえも指摘しているように、個々の優秀な選手がヨーロッパに出て行くしかないじゃない。それはトゥルシエごときでもわかるような自明のことだ。

 それならば優秀な選手は、時差が10時間もあるようなところと、往復しながらワールドカップ予選を戦わなければならないことも自明のこととなる。ぼくは、これをやった選手はストイコヴィッチだけだと思う。ピクシーほどの才能があってやっとできたことを、いま、日本の中田英以下の選手たちがこなそうとしているのだ。それを理解しなければ。

 そして、そうした誰も歩いたことのない地平を巡礼するには、カリスマが必要だ。

 Jの選手だけ集めてW杯1次予選を勝ち抜くのは、そう難しくはないのかもしれない。でも、次のステップは望まないの?

 ぼくは望む。

 ドイツで決勝トーナメントを一回勝ち、ベスト8で強豪国と互角に渡り合うことを望む。

 ならば、安易な道はありえない。論語にもあるように「行くに径に由らず」(ゆくにこみちによらず)でいかなければ、やせ細っていくしかない。ジーコのように、「一番、力量のある選手をつかって、その選手たちが自覚をもって戦うようにならなければダメだ」ということ以外、ベスト8の道はないと思う。王道以外の道はない。覇道はやがて滅ぶしかないから。

サンターナ=ジーコ論

 分かりにくいと言われるジーコのサッカーを、よりよく理解するためには補助線がいる。その補助線とは元ブラジル代表監督のテレ・サンターナだと思う。

 ブラジルの国旗には ORDEM E PROGRESSO (秩序と進歩)という言葉が書かれており、これがオーギュスト・コント(Auguste Comte, 1798- 1857)の思想から取られたものというのは有名だ。「秩序を基礎として進歩を目的とする」という理想をあらわしているらしいが、社会的には必ずしも成功しておらず、現在、発展途上を脱した大規模な国家としては唯一といっていいほど、左翼の大統領をいただいているというのは、まだ混沌の中で進歩を続けている最中であることをあらわしているのかもしれない。

 コントは社会学という学問の基礎をつくったといわれるが、それは祖国フランスが1789年のフランス大革命から数十年にわたって社会が混乱したという経験に基づいている。社会の秩序は何によって維持され、また、社会が進歩するとはどういうことなのかを考え抜くためのスキルこそコントが創出した社会学だともいえる。

 コントは人間精神の発展段階を「三段階の法則」という仮説で説明しようとした。これは人間の精神が神学的段階、形而上学的段階、実証的段階の三段階を経過して進歩しているというものだ。そして、いまの日本のサッカーがどの段階にあるのか、という見方がジーコのサッカーの評価につながっていると思う。自国開催のW杯16強によって日本のサッカーは形而上的段階をのりこえ、実証的精神によって支配された進歩のみの時代に入ったと楽観すれば、ジーコのサッカーは甚だ心もたないものと感じるかもしれない。

 しかし、まだまだ日本のサッカーはルネッサンスがようやく始まり、宗教改革が起こったぐらいの段階でフランス革命にも到達していない近代化の前だよ、と考えれば、ジーコのサッカーが本当の意味での最終段階を迎えるための豊かな土壌づくりには欠かせないものとして理解できる。ぼくはもちろん後者の考え方をとるものであり、ジーコがもたらそうとしているものは、おそらく豊かな混沌かもしれないと思っている。

 もし、日本のサッカーが、ヨーロッパのターム、スキルによって覆い尽くされたとしたら、それはこじんまりとした魅力のないものに終わってしまうだろう。

 さて、そのジーコを理解するためにはジーコの師であるテレ・サンターナのことを理解するのが近道だ。以下、大住さんの『理想のフツトボール敗北する現実』に即して書いてみることにする。

 80年代前後という時代は、インターナショナル・マッチデー・カレンダーなどはなく、驚くことにCBFさえ組織されて間もない頃だった。そんな時代に、サンターナはCBFに代表監督就任のためのいくつかの条件を出した。その中には地位の保証など今では考えられないような当たり前の要求も含まれているが、「代表試合の前には、必ず合同練習期間を設けること」「ヨーロッパを中心に、各国の状況を視察すること」とジーコがこだわりをみせている要求も当たり前のように含まれている。

 また、スタープレーヤーの選考ということもサンターナとジーコは共通している。さらには、個人的に気に食わない選手は呼ばないというところも似ている。そして船出で代表サポーターを失望させたことも。サンターナのセレソンはメキソコ戦で2-0勝ったものの、ソ連のオリンピック代表にマラカナンで敗れるという失態を犯し、ブーイングをあびる。しかし、「プレーヤーたちの能力に疑いはない。相互理解が深まればすべてよくなるはずだ」というのがサンターナの答えだ。これもジーコお得意の言葉だろう。

 そしてサンターナが志向していたのは74年のオランダ代表だった。それまでのブラジルは中盤でボールを支配し、3トップで左右のウイングが相手守備ラインを突破して中央で決めるというスタイルが信奉されていた。しかし、サンターナはソ連戦の敗戦の後「ガリンシャのような天才ウイングはもう出ない」という有名なコメントとともに、古いシステムからの離脱=ブラジル版トータルフットボール=黄金の4人構想を持ちはじめる。

 この後、ウルグアイで開かれた「コパ・デ・オロ」という過去のW杯優勝国を集める田FIFA公認大会が開かれ、攻撃サッカーの萌芽は見せながらも準優勝に終わる。そして、ヨーロッパ遠征で絶賛を浴びるわけだが、ここらへんもジーコの歩みと重なってみえるのは牽強付会なだけだろうか(ちなみに、スペインW杯予選の緒戦も当時から弱小だったベネズエラ相手に1-0という苦戦をしながらようやく勝った。この後、ブラジルは全勝で出場を決めているが、ジーコ・ジャパンも同じような歩みを期待したい)。

 81年のヨーロッパ遠征の時点で「過去最高のブラジル」と絶賛されたセレソンだったが、サンターナは「毎月一度の合宿と試合がこれからも必要だ」というスタンスは崩さない。これはジーコも踏襲していくことだろう。

 そして迎えたW杯スペイン大会初戦、ソ連に先制点を奪われるなど苦しい逆転勝利を収めたあと、ファルカン、ソクラテス、ジーコの3人で4-3-3の中盤を構成していたシステムをあっさり捨て、機能していないFW陣を一人減らしてセレーゾを入れ、中盤で4人がボックス型をつくる4-4-2のシステムでスコッランド戦を迎える。それまで4-4-2は守備的なシステムであるとブラジル中が信じていたなか、守備的MFのセレーゾまでもゴール前に進出して相手DFを粉砕、4-0で勝利したチームをブラジルのプレスは「黄金の4人」と呼び始めた。

 この4人のサッカーをソクラテスは「バグンサ・オルガニーザ」と表現している。直訳すれば「組織化された混沌」。それぞれのプレーヤーが自由に創造性を発揮した4人だったが、その創造性を結びつけるキーワードは「連携」だった。

 ここまで書くと2/27の会見でジーコが語った言葉というものが、いかに師サンターナのサッカーを踏まえているかがわかる。ジーコは語っている「世界のサッカーの中で、個人的な力は着実に上がっている。中田、中村、小野、稲本、高原、柳沢、それぞれの個人技は世界と比べても素晴らしいものだ。代表において、彼ら個人のプレーは9割がた生かされている。しかし、これがチーム、組織としてということになると、現在は4割程度だ。(欧州でプレーする)彼らが中心となって練習できたのはわずかだけだ。もちろんこれは、選手個人のせいでも、クラブのせいでも、日本協会の責任でもなく、誰も悪くないことだ。しかし2週間、彼らを手元に置いてくれれば、連携においても必ず大きな進歩があるはずだ。これさえかなえば、世界でかなりのレベルのプレーができることは間違いない。40%で、なぜ9試合のうち1試合も敗れなかったからを考えると、やはり個人の力に依存した部分だろう。もっと連携に時間を割かなくてはならない。欧州から合流する選手と違い、DFが無失点を7試合続けているのは、同じメンバーでの連携のレベルが上がっているからだろう」

 「力量に秀でた個人同士の連携の強化」。当たり前かもしれないが、これがサッカーを前進させるのだと思う。もう一度、戦術論を展開するのが何よりも好きで、自分のシステムに選手をはめ込むような監督をもってきても日本のサッカーの「のびしろ」は少ないのではないか。

 最後に、なぜ掲示板システムが主流となっている日本のインターネットでこれだけジーコ反対論が沸き上がったのかを考えてみた。それは、それはネットでの論議が戦術論に向いているからではないか。逆に戦術論が盛んな一方で、技術論をとうとうと述べるような掲示板はお目にかかったことは少ないし、あったとしてもほとんどがサッカースクールの写真と解説ぐらいしか記憶に残っていない。それは、いまだ文字中心というインターネットの限界性の中で静止画は主流になれないということをあらわしているのかもしれない。連続写真は貴重だが、やはり動画こそがサッカー解説にはあっている。

 ビデオの画面を少しずつ動かしながら、守備陣系の乱れを確認したり、スペースの移動を見せたりする解説は非常に納得的だが(というか素晴らしいそうした解説には陶然としてしまう)、そうした解説が主流になってくるのは光が普及した後になるのではないか。つまり、インターネットの技術的限界が、サッカー論議の限界も生んでいるのだと思う。

 ネットで戦術論を展開している人間たちは、対象が抽象的な戦術論ということであれば、いくらでも差異の体系である言葉から文章をつむぎだすことはができる。しかし、同じレベルで技術論を戦わせている場面などは見たことがないし、また、それを要求するのは野暮なことだろう。つまりインターネットのサッカー論議とジーコ・ジャパンはもともと親和性がないのだ。

参考:「サンターナとソクラテスのジーコ評」

蛇足

あまり得意でない戦術論で一言だけ考えていることを述べさせてもらえれば、ジーコは、エメルソンが帰化すれば、高原との2トップで最後までやるかもしれないけれど、エメルソンが代表に加わるかエルソン並のFWが現れないとすれば、高原以外のFWの得点力に期待するよりも、より4人に自由に攻撃参加させるために4-1-4-1に変更するかもしれない、と一人で考えている。

アンチ・ジーコの犯した禁じ手

 ぼくは今回かなり感情的にアンチ・ジーコを批判した。それは。彼らがやってはいけないことをやったからだ。デモはいい。どんな思想信条でも、ココロの中で思う分にはかまわないというのは憲法で保証されていることだし。しかし、許せないと思ったのは、ジーコがカーニバルで帰ったことを批判したのと、キャバクラ組を追放したことを批判したことだ。

 ジーコがカーニバルで帰ったのを批判しているのをインターネットで見たときにはわが目を疑った。「こいつらサッカーファミリィじゃないのか」と。

 こんな批判は違うでしょ。卑怯でしょう。やっちゃいけない批判でしょ。

 ぼくは甘いといわれるかもしれないけど、どこかで、北澤が語っているようなことを信じている。

 「でもね、これはオレの考えなんだけど、代表は違うね。代表は仕事じゃない。あれは互いの損得抜きで、みんなが力を合わせるところ。優しさや喧嘩や、いわば本当の家族みたいなんだ。仕事じゃない」「たとえ何があったとしても、子供の頃からサッカーを心から愛して、大事にして来た仲間なんだということ」「そう、日本代表というのは自分とって仕事ではない。血の通い合った家族なんです」(『六月の軌跡』増島みどり、p.104、フランスで岡田監督から帰された北澤の証言から)

 そしてしまいにはキャバクラ組を追放したことも批判しはじめる始末。

 代表の合宿を抜け出して飲みに行って気晴らしに寿司を投げるなんてことをしたら、どんな国のFAでも、そんな選手は追放する。こんな常識もアンチ・ジーコは知らないらしい。イタリア、ブラジルでも「キャバクラ追放」報道はされたが、それらは「ジーコが酔っぱらい選手8人を出場停止に」「ジーコが、合宿中に夜遊びをして女の子を口説いた選手に対し、激怒した」というものだった。

 とにかく、この2点に関しては、アンチ・ジーコのやったことは許さない。

最後にデモについて

 影の主催者であるmaterlowさんとは、このデモついて深くは話し合ったことはないが、付和雷同したサポたちとは別に、ある意図があったと思う。それは、日本サッカー協会が代表サポの動きに対して、どんなリアクションをみせるのかというシュミレーションをすることだったと思う。

 ジーコの辞任を求めるデモについて、感心したのが川渕キャプテンのコメントだ。ひとつは伝聞調だが、

不在だった川淵三郎キャプテン(67)は「サポーターにはちゃんと対応してほしい」と指示しており、休業日だったが総務部、広報部が出勤して誠意を見せた。

という内容で、デモぐらいのことをすれば、ちゃんと総務部長ぐらいは休日出勤して対応しますよ、という〝開かれた〟組織であることを示したもの。これは川渕キャプテンの見識だと思う。彼は、少なくとも協会運営というものも、これからはオープンハートでやっていかなければ、大衆的な支持は得られないということを知っている。そして、もうひとつは公式コメントというか、

「日本代表のことは僕らが一番真剣に考えている」

というもの。これは彼のホンネの部分だと思う。語ってはいけないギリギリの線というか。協会の対応はこの振れ幅の中にあるんだろうな、と思った。それを確認できたというのは、デモの成果だったと思う。

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