『東京焼尽』
『東京焼尽』内田百間、中公文庫
百間先生の門構えの中は月だが、パソコンでは出ないので「間」で代用する。また書名の「尽」も本当は旧字だが、これで代用する。百間先生とパソコンの世界は昔から親和性がない。
それはさておき、この作品だが、百間先生の日記のうち、東京で本当の空襲警報が鳴った1944年11月1日から敗戦の翌45年8月20日までを収録している。東京の空襲というのはミッドウェー海戦の発端となった42年4月18日の空襲をのぞけば、10ヵ月間のことだったということがわかる。
最初のうちは「道ばたに大勢人が起って晴れ渡った空を見上げてゐる。見える見える。ほらあそこにゐる。高射砲は届かないんだね」などと他人事のようにしゃべっていた人たちが、ほぼ毎日のように焼夷弾で焼かれていくうちに右往左往しはじめる。また、だんだんB29の高度も下がっていき、機体の腹に地上の火事の炎が照らすようになるという移り変わりがよくわかる。
そして品物の欠乏。百間先生は大の酒好きだが、だんだん酒、麦酒がなくなり、手に入ったときには一気に飲んでしまうようになるのが痛ましい。しかし、忘れないユーモア精神で、最後には焼け出された日常を描く筆致は、最後まで乱れない。百間先生と奥様は住むところがなくなり、小屋のようなところを借りるわけだが、そこを「いほり」と呼ぶことで「これからの明け暮れが楽しみである」(p.205)と書き記す。だんだん暑くなっていくに従い激しさを増す、蚊や蚤との戦いもユーモラスに描く。
永井荷風の『断腸亭日常』でも、最初の頃には酒あるいはとっておきの珈琲を味わいながら空襲を見る場面があったと思うのが、百間先生も似たようなことをやっていたのがわかったのが印象的。
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Comments
こんにちは、東京B級グルメガイド、とても楽しみに見ています。
#わたしも、気仙沼のB級グルメガイドちょっとだけやってます(^^)
百閒の『東京焼尽』は、とても淡々としていて、お酒やたばこのことばっかり云ってるようで面白いけど、でもとても悲しいですよね。
悲しいけどとても好きです。
そうそう、ここはUnicodeがサポートされてますから、環境によっては百閒と表示されますよね。わたしはもう、百閒と書きたいので、読めない人はいると知ってはいても百閒と書いちゃいます。すみません(^^;
そうそう、わたしもジム・クロウチ好きです。ライ・クーダーはもっと好きです(^^)
Posted by: ponz | April 28, 2004 04:28 AM
どーも、はじめまして!レスありがとうございます!
そうですかぁ。Unicodeがサポートされているから「閒」でるんですねぇ。次からは、これでいかせていただきます。教えていただき感謝です。
気仙沼といえばなんでも魚がうまそうですねぇ。最近はフカヒレがブームになっているとかチラッと聞いたことあるんですが、教えてください。
>ライ・クーダーはもっと好きです
ぼくはJAZZの前しかほとんど持っていないんですよ。最近のいいのがあれば教えてください!
Posted by: pata | April 28, 2004 08:15 AM
相変わらず精力的な更新で楽しみです。
山田風太郎の「戦中派不戦日記」も
戦時下の生活を淡々と描いていて、
イメージしていた「戦争中」とちがう
ことにちょっと驚きながら読んだ記憶が
あります。
Posted by: えなめる | April 29, 2004 12:03 AM
おお、ありがとうございます。
ぼくも『戦中派不戦日記』は素晴らしいと思います。
もちろん敗色濃厚になったあたりもそうですが、1945年12月末まで収録されているので、敗戦後の無政府状態一歩手前みたいな感じもずっと描いているところも好きです。
Posted by: pata | April 29, 2004 03:09 AM