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March 22, 2004

『時間と自己』

『時間と自己』木村敏、中公新書

この本は、ひとことでいえば分裂病と鬱病の理解を時間に対する視性で見てみようとする分析。臨床医の立場から哲学に向かう姿勢、そして時間そのものに関する話は重く、深い。

木村先生は分裂病者を「アンテ・フェストゥム(祭の前)」意識において、欝病者を「ポスト・フェストゥム(後の祭)」意識においてとらえる。

祭の前意識とは「常に未来を先取りするような意識」。分裂病者は終わってしまった祭=過去についてはまったく関心がないという。

一方、分裂病者にとって意味のない過去に、執拗にこだわるのが欝病者だという。

分裂病者の生は常に未知のものへと向かっている。こうした意識は、ハイデガーの「投企」概念に似ている。「投企」とは本来的な自己へと向かって自らを投げ込むような態度のことだ。分裂病者を前にした医師は「医者対患者の役割関係から、役割以前の自己自身へとさそい出され」「我と汝との、世間的慣習を超えた人格関係が成立しがちだという」(pp.121-122)。分裂病者はつねに現在と現在の自己を否定しようとし、未来に憧れる(そして同時に怖れる)。そして、日常生活では常に性急で、待つのが苦手だという。こうしたた未知なる未来を先取りしようとする意識を「アンテ・フェストゥム的(前夜祭的)時間意識」と呼んでいるわけだ。

これに対してけっして過ぎ去らず、つねに現在の奥深く蓄積されている過去にこだわるのが鬱病だという。わたしたちは様々な社会的役割を担い、それを懸命にこなしている。しかし時には役割との間に矛盾が生じ、求める仕事をまっとうできないことがある。そうした場合、その距離間を保つことができず、役割に同一化しようとしつづけるのが欝病者の苦しみだという。鬱病者にとっての時間は、自分自身に遅れをとらないように、取り返しのつかない事態に陥らないように、これまでの住み慣れた秩序の外に出ないでおくという保守的な時間だ。鬱病者にとっての過去は「現在完了」的なのである。こうした鬱病者の時間意識を「ポスト・フェストゥム的(後夜祭的)意識」と定義している。

そして医師に対しては「自分の病気を治す医者という以上のなにものをも期待していない」(p.122)という。木村先生は、多くの外国語において現在完了を表すのに所有の助動詞が用いられることに着目し、鬱病の発病状況がすべて「所有の喪失」として理解できる(p.111)とする。

このほか「イントラ・フェストゥム(祭の真っ只中)」にある意識として癲癇などを取り上げている。祭の真っ只中においては「いま」が永遠の広がりとなって時間が停止してしまうという。

ハイデッガーが「存在とは時間だ」というならば、木村先生は「時間とは私だ」と主張する。存在の意味は時間であり、時間とは私自身である。自己と他者の共通の場所としての「あいだ」つまり「いま」が未来と過去を創り出し、時間の流れの源となっているわけだ。

そして、その前提となるのが、もの/こと、主語/述語、ノエマ/ノエシスなどの対概念によって導き出された自己論だ。時間は「もの」ではない。すなわち、人間の意識と切り離して客観的に観察できるような客体ではない「こと」なのだという。

『胎児の世界』とともに、もしこれを読んでいなかったとしたら、ぜひ一読をお奨めする。

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Comments

またまたお邪魔。私も『時間と自己』は大好きですよ!!
たぶんウチに3冊ぐらい同じ物があります。
(出先で、急にこの本のフレーズを読みたくなって我慢できずに買ったことが何度かあるため…)

冒頭の「もの」「こと」の話のあたりからビリビリ痺れました。
なんか哲学と文学の中間ぐらいの感じがしました。
(書いた方は文学のつもりは毛頭ないと思いますが)


きょうの私の神保町ランチは寿司の「六法」→「さぼうる」でお茶というゴールデンコースですた。

Posted by: calyx | April 09, 2004 at 12:37 AM

六法もさぼうるも久しく行ってないなぁ。六法のおじいさんたち元気っすか?

Posted by: pata | April 09, 2004 at 10:28 AM

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Tracked on April 09, 2004 at 12:38 AM

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