August 08, 2018

『水底の女』

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『水底の女』チャンドラー、村上春樹訳、早川書房

 村上春樹さんによるチャンドラー長編小説の翻訳もこれが最後。

 第二次世界大戦中のカルフォルニアが舞台。ダムを防衛する州兵、合成ゴムが大量に生産される前ということもあって徴用されるゴムなど、戦時中ということがわかる部分もあるが、基本的にマーロウものの雰囲気は戦前、戦中、戦後を通じて変わらない。

 《医師というのはだいたいにおいて他人にはほとんど好奇心を抱かない人種であるからだ》(p.39)、《太陽は朝には年代物のシェリー酒のように軽くドライになり、真っ昼間には燃えさかる火炉のように熱くなり、黄昏時には怒った煉瓦となって沈んでいく》(p.343)などの人物、風景描写は相変わらず素晴らしい。

 それにしても、旧版ではまったく触れられていなかった複雑な警察制度は、なぜこんな風になったのか、ということも含めて知りたくなるほど面白い。そして『ロング・グッドバイ』などにも通じる麻薬医者(ドープ・ドクター)の存在も。

 07年の『ロング・グッドバイ』から10年かけて7作を翻訳しおえた村上さんはチャンドラー・ロスになりそうだ、と後書きに書いているけど、読者としては村上春樹訳のチャンドラー・ロスになりそうです。

 フィッツジェラルドのように短編の翻訳も読みたいんですが、やってくれないかな。

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August 01, 2018

『プレイバック』

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『プレイバック』レイモンド・チャンドラー、村上春樹訳

 ほとんど小説を読まなくなった後も、最後まで読んでいたのは村上春樹訳のマーロウものでした。

 個人的には隠遁生活を送っていたような気分で過ごしていた大学時代は、サブカルチャーの小説を読むようなサークルに居場所を確保していたのですが、そこではチャンドラーやマクドナルド、ハメットなどのハードボイルドものを一応、守備範囲としていました。

 日本にもミッキースピレーンなどのブームもあったようですが、最後まで残ったロス・マクドナルドも76年の『ブルー・ハンマー』を最後に作品を発表しなくなり(なぜか、ポール・ニューマンがリュー・アーチャーものの自身二作目として『魔のプール』を75年に公開しましたが、ヒットにはなりませんでした)、完全に廃れていた感じもします。

 組織を持たない私立探偵が、インターネットもない時代に特定の個人を探したりするという世界観は、ポール・オースターに引き継がれたんじゃないかと思うのですが、とにかく、巨大な世界に、寄る辺ない個人が仕方なく立ち向かってゆく、という構図は、なんとなく当時の気分にもあっていたような気がします。

 『プレイバック』はチャンドラーのマーロウものの最後の長編ですが、作品の評価はあまり高くありませんでした。なんかマーロウがやたらカネとオンナに汚く描かれているというか。

 あと、日本では角川が「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」をキャッチコピーとして広告展開したのも、どこかチャンドラーを汚されたような気がして、作品の評価が低位安定となっていた要因かもしれません。

 ちなみに"If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive."を村上春樹さんは〈厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないうなら、生きるに値しない〉と訳しています。

 昨年、柴田元幸さんとの「本当の翻訳の話をしよう」というトークイベントでも、「ハード(hard)とタフ(tough)は違う」「アライブ(alive)というのは、生きている“長い状態”だから『生きていけない』というよりは、『生き続けてはいけない』」「『タフじゃなければ生きていけない』というのはそういう面ではかなりの意訳なんですよね。でも響きとしてはいい」と語っていたようで、後書きでは、正確な訳としては〈冷徹な心なくしては生きてこられなかっただろう。(しかし時に応じて)優しくなれないようなら、生きるには値しない」を提示していますが、同時に、これではパンチラインにはなりにくい、とも書いてます。

 しかし、不思議なのは、この部分が人口に膾炙しているのはどうも日本だけというか、米英の書籍を読んでも、この部分への言及はなかったそうです。

 個人的には《小道(レーン)というより裏通り(アレー)という方があっているな」というところにハッとしてしまいました(p.189)。Rod Stewartの古い曲に"Gasoline Alley"というのがあって、昔からずっと小道みたいに思い込んでいたんですけど、そうじゃなくて裏通りなんだよな、と(そういえば浅川マキさんの訳もそんな感じだったかな…)。

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July 31, 2018

『大いなる眠り』

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『大いなる眠り』レイモンド・チャンドラー、村上春樹訳

 ノンフィクションというか論文っぽいのしか読めなくなっていたけど、『秘密の花園』を読んで、物語に身をまかせる心地よさを久々に思い出しました。

 ということで、積んでおいた村上春樹訳『大いなる眠り』チャンドラーでも読んでみるか、と。

 12年末に『ロング・グッドバイ』『さよなら、愛しい人』『リトル・シスター』に続いて村上春樹訳のマーロウものの第四弾として『大いなる眠り』が出たのですが、チャンドラーのマーロウものとしてしはこれが第一弾。

 処女作には作家の全てがつまっていると言われていますが、『大いなる眠り』はマーロウのキャラクター、語り口、物語のドライブ感どれをとっても一級品の出来映え。日本では翻訳の問題があったのか、他の作品ほど評価が高くはありせんでした。

 改めて村上版で読んでみると、風景、情景描写、台詞の切れ味が素晴らしく感じます。

 今は、気になった原文をすぐに読めるというのもいいよな、と。

 “I haven't noticed that you suffer from many inhibitions, Mr. Marlowe.”

 「君はおとなしく人の言うことを聞くような人間ではあるまい、ミスタ・マローウ」

 あたりはんまいな、と。

 16章の註で《原文はGo----yourself。当時はfuckという言葉は禁句だった》としてあるが、今もって----のままでした(まあ、当然かもしれませんがw)。

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July 30, 2018

『幸福とは何か』

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『幸福とは何か ソクラテスからアラン、ラッセルまで』長谷川宏、中公新書

 ある年代までの哲学書を読む層では、ドイツ観念論が哲学書のヒエラルヒーの最上段に置かれ、それこそ廣松渉さんではないですが、ヘーゲルの『小論理学』『大論理学』『法哲学』などは「要するに、何も分からないけれども、ただ一生懸命読んだ(笑)」(『哲学者廣松渉の告白的回想録』p.125)というような経験をしていると勝手に思っています。

 その点、イギリス経験論は、その分かりやすさ、対象の卑近さなどが神々しさを感じさせないためか、ドイツ観念論がより高等なものだ、みたいな雰囲気がさらに増したと感じます

 ヘーゲルの主要な著作の翻訳を終えてから、丸山眞男批判、その延長としての『日本精神史』と書きついでた長谷川宏さんが、本業ではないイギリス経験論を中心に、幸福とは何かという概念規定しにくい問題を取り上げたのが『幸福とは何か』。本文でも、カントをわざとつまらなく取り上げたりして、ドイツ観念論中心の日本の哲学受容を相対化しているように感じたのはぼくだけでしょうか。

 ギリシャ哲学についても、観念論につながるイデア論よりも個と共同体の関係に注目し、ソクラテスは共同体秩序の弛緩を立て直すことに主眼が置かれ《個の世界と共同の世界との連続性に疑問をいだくこと》はなかった、としています(p.54)。

 これがマケドニア生まれでアレクサンドロスの家庭教師もつとめたアリストテレスになると、人間はポリス的動物であるとしながらも、アテネなどの衰退によって、個人は共同体とのつながりを実感しにくくなってきます。そして観想的生活こそが最高善である、と峻厳すぎる結論を出します。

 やがてアレクサンドロスも夭折すると、いよいよ共同体への信は揺らいできて、エピクロスなどの時代になってきますが、それはデモクリトスの原子論を基礎としたものに方向転換します(p.85)。それは人間を自然的存在としてとらえる方向でした。

 そしてセネカに至り、現実の政治経済活動から身をひきつつ、感覚も自分も支配するような、内面の理性へと向かいます(p.99)。

 ここで第1章〈古代ギリシャ・ローマの幸福感〉は終わり、第2章〈西洋近代の幸福論〉に入るのですが、著者は中世を抜かしてしていることについても言及します。それはあまりにも神中心の時代であり、自然界や人間界をも絶対的な神が支配するというような、インフレ気味の構図は《古代ギリシャ人もローマ人も思い描いたことのないもの》であり(p.107)、幸福が神からの授かり物だとしたら、真剣に取り組むべき対象ではないからだ、というわけです。

 第2章「西洋近代の幸福論」

 商品経済の発展、絶対君主制などによって超越神の支配から人々の心は解き放たれていくなか、大陸合理論がまだ神に捕らわれた論考を進める中、イギリス経験論はもっと神とゆるやかな関係をむすんでいきます。

 ヒューム『人性論』は題名が示しているように、問われているのは神の本性ではなく人間の本性。ベーコンが150年がたつと、人間とは何かを問うことが意味あることになっていった。ヒュームは生のみずみずしさを保つ知覚を出発点において思考を重ねていき、理性も非現実的な観念論として信頼しない。経験の断片を結びつけるものは人間の利己心やせせこましさ、私的利害、人為的な慣習などだった。

《わたしたちは、芽にもとまらぬ速さで次々と起こり、たえず流れ動くさまざまな知覚の束ないし集まり以外のなにものでもない》という言葉は、現代のクリックの「あなたはニューロンの塊にすぎない」という認識に通じるものがあるというか、ひょっとして古代ギリシャの原子論に匹敵するような先見性を持っているかもしれません(p.126)。

 しかし、ヒュームはさらに持続的な自己同一性を否定するところまでいってしまいます。そうなると幸福論そのものの前提が崩れてしまいます。

 これに対して宗教からも形而上学からも離れて人々の日常的な感情の動きに目を捉えようとしたのがアダム・スミス。道徳は個の存在の内部にあるのではなく、個と個のかかわる集団のうちにあ、人間は社会的存在であると考えた。彼は、くよくよ考えがちな隠遁者は普通の人々が社交と会話によって得ている気持ちの安定感はめったに持てないとして、凡庸な情念がなだらかに行き来する人づきあい=共感のうちに暮らしの基本があるとしている。『国富論』も著したスミスは、感情だけでなくものも含めて交換しあう性質が人間を発展させてきたとみる。

[カントのインターミッション]

 個の経験を重視しすぎた故に幸福論とのスリ合わせが難しかったヒューム、他者との関係を感情、経済の両分野で重視して幸福論への道を切り開いたスミスに続くのは、普通でしたらジェレミー・最大多数の最大幸福・ベンサムなわけですが、長谷川さんはここでカントを入れることで、日本のドイツ観念論に偏りすぎた西洋哲学受容史を批判的に俯瞰します。

 カントは『実践理性批判』で、理性が自身の中から道徳法則を紡ぎ出すところに《理性の自由と自律の証をみる。下界に触れ、下界に促されて道徳法則に思い至るのではなく、自らの力で道徳法則を生み出す理性は、まさにそのことによって下界から独立した自由な、自律的な存在である》ことをみます。

 ヘーゲルも行動に内在する意思こそが真に自由な存在であり、道徳法則はその自由の純粋な発現形態だ、とカントの道徳哲学をまとめています。

 しかしカントは、自由と幸福、道徳と幸福の間に楔を打ち込みます。

 西洋の近代思想では個の内部に向かうことによって、主体性、自主性、内発性など日常生活の経験とは違う動きに価値を置く考えが主流となっていきますが、これは幸福にまつわる事柄は実践哲学に届かない有限な心の動きであるというカントの考え方に影響を受けたものです。

 《幸福は、人間がなにかしら不足を感じる有限な存在であるがゆうにのしかかってくる課題》であり、幸福を求めることは《義務であり目的でもあるようなものだ、ということはできない》と。

[最大多数の最大幸福]

 カントの道徳理論のうちに幸福論の居場所はなかったことを確認して、著者は再びイギリス経験論に戻ります。

 ベンサムは道徳と立法の原理を考察するなかから「最大多数の最大幸福」を導き出す。『道徳と立法の原理序説』でベンサムは苦痛と快楽が人間のすべての行為を支配するという根本原理を提示。けっしてカントのように純粋理性や意思の内面などには思いを及ぼすことはしません。そして、苦痛と快楽の大部分は経済活動のもたらす物質的な富の大小によってもたらされるとします。

 ベンサムは功利主義者といわれますが、「なにがしかの(あるいは誰かの)役に立つ」という視点を堅持して考察を進め、これによって幸福も快楽に取り込まれ、快楽、善、幸福の三位一体の図式が出来上がります。ベンサムは《人間が社会のなかで他人とともに行動し、快苦、憎悪、幸不幸のあるらゆる場面で他人と交わることこそ人間の本来のすがた》だととらえていた、と(p.181)。それは個人を独自の個としてとらえるよりも、平均的な個として社会のなかに投げ入れて生きる社会的存在とみていたことになります。

[20世紀の幸福論]

 《ベンサムの社会政策は個人の幸福と社会集団-家族、村、町、学校、職場、都市など-の幸福とが連続的につながるという前提のもとに考察された》ものでしたが、資本主義の進展と20世紀の2つの世界大戦はこうした楽天主義に疑問符を突きつけた、と。

 こうした20世紀の幸福論として著者はアランとラッセルの著書を紹介。近代は自分へと目を向けさせますが、ラッセルなどは自己自身への興味は幸福獲得のためになんとしても避けるべきものとまで考えるようになった、と。

 あとがきの《個として生きることと社会的存在として生きることとの矛盾こそが太古から現代に至るもっとも基本的な矛盾と考えられる》が著者のまとめ。

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July 27, 2018

『ぽいち 森保一自伝―雑草魂を胸に』

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『ぽいち 森保一自伝―雑草魂を胸に』森保 一、西岡 明彦 (著)、フロムワン

 代表監督に就任したポイチの自伝。絶版で、おそらく重版もされていないでしょうから、ぜひ店頭に並べて欲しい本です。未読の方にAmazonに載せた書評が少しでも参考になれば。

 ちなみに、「マツダ運輸(現マロックス)」とある会社は現在は「マツダロジスティクス」です。

「まっとうなサッカー選手のまっとうな半生」

 03シーズンのベガルタ仙台でユニフォームを脱いだ、ドーハ組の中心選手のひとり、ポイチこと森保選手の自伝。誰からも愛されるキャラクターというか、テレビの画面からも誠実さが伝わってくるような選手でした。

 長崎出身の森保選手は、小嶺監督が島原高校から国見へ移る時期に高校入学を決めなければならなかったことで、結局、長崎日大高校に入ってしまい、ほとんど中央では無名の存在で過ごした、というが彼らしい。高校の就学旅行は中国への船旅だったらしいけど、その船内で後に結婚することになる同級生と撮った写真がなんともいえない(p.52)。高校2年生の頃からマジメにつきあっていたと書いていたけど、「ああ、こういうまっとうな人生もあるんだなぁ」みたいな。

 当時は冬の全国選手権から大学サッカーというのがエリートコースだったんですが、島原と国見に阻まれて全国大会への出場経験がない彼には大学からの誘いはなく、けっこう偶然に練習を見に来ていたオフトにひろわれる形で広島のマツダに入社することになります。しかも、マツダの本社採用ではなく、マツダ運輸(現マロックス)という子会社の採用だったというのも泣かせる。オフトが正式に監督となり、たまたまサテライト(マツダサッカークラブ東洋)で守備的MFとしてプレーしていたのを気に入られ、トップチームに昇格。マンチェスターユナイテッドへの短期留学なども経験しプロへの意識を高めていたときに、代表監督に就任したオフトから代表に呼ばれる、という経緯を書いてみただけで、オフトと森保選手にはドーハへと続く切っても切れない関係があったんだと思う。おっかなびっくりで参加した初の代表合宿では、周りの有名選手にビビリながらも、なぜか直後のアルゼンチン戦でいきなり先発出場。いいプレーを披露して相手監督にも誉められてレギュラー定着とトントン拍子でドーハに向かって駆け上がっていくところなんかは躍動感があってよかった。

 森保選手は若手に「試合前どうしても緊張して困るんですが」と相談されると「それはお前が試合のことをいろいろ考えて準備している証拠だ」と答えて安心させていたそうですが、なんと、その言葉は代表合宿で同部屋となった柱谷から聞いた言葉そのものだったそうです。でも、柱谷から聞いたということは完全に忘れていて、そのことが本をつくる過程でわかってビックリしたと森保選手は書いているんですが(p.182)、代表合宿というのは様々なことが受け継がれていく場所なんだな、と思います。

 肝心のドーハは「なにもかも記憶がほとんど飛んでしまっている」(p.120)ため、あまり詳しくないのは残念だけど、そこまでのショックとは知らなかった。ドーハ組の選手たちは、一様に「これまでドーハの悲劇のビデオは見ていないし、これからも絶対に見ない」と語っていますが、その言葉の重みを改めて感じました。ユニフォームを脱いだ現在、広島に戻って小学生を教えながらS級ライセンス取得に向けて頑張っているというのも好感がもてます。

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July 09, 2018

横浜魚市場卸協同組合厚生食堂の市場カレー

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横浜魚市場卸協同組合厚生食堂 045-441-5559

 梅雨の豪雨の間をついてのランニングついでにカレーを喰ってきました。

 鉄腕dashのカレー部で紹介されていた横浜魚市場卸協同組合厚生食堂の市場カレー。

 臨港パーク、新港パーク、赤煉瓦、山下公園を巡って帰る12kmのランニングコースを折り返した終盤途中にあるのが中央市場へ。

 すぐに出てきたカレーは、ややシャバシャバしているものの、確かに飽きのこないしっかりしたカレー。

 お代は400円。

 また、お味噌汁がダシが効きまくってんまい!

 さすが鮮魚部にある食堂。

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 水道の蛇口からざっと頭から水をかぶり、持参のタオルで拭いて、それを頭に巻いていただきました。

 場所は有名なもみじやなどのあるビルではなく、道路沿いの裏っ側。

 ワールドカップとか、ユーロとか、CL決勝などを友人たちと見た後「朝飯食ってく?」という時に中央市場は使ってきました。

 これまでは秋葉食堂や飲食街が多かったけど、これからも、ここも連れていきたいと思いました。

 ちなみに営業時間はam3:00-pm3:00。

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July 05, 2018

『文選 一』

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『文選 一』岩波文庫川合康三、富永一登、釜谷武志、和田英信その他

 読み飛ばした『文選 一』を旅行の最中に読み直していました。

 永井荷風が一時期、文選だけを読みながら日を送っていたらしいのですが、収められた透明な詩を読んでいると、こういうのしか受付られなかったような時期もあったのかな、と。

 もっとも荷風はおそらく白文で読んでたんでしょうけど、学のない小生は解説に助けられてます。さらに川合先生の解説も素晴らしい。「文選という書物」「早秋編纂の典範」「文選の尊重と浸透」「編纂の時期と同時期の書物」「編者昭明太子」「文選の体裁」「文学の範囲」「作品選択の基準」「文選の詩の分類」「文選詩の作者たち」「受容の変化」という11項目について41頁にわたって解説してくれています。

 強調されているのは、当時の詩が《他者との関係性を持つ開かれた場で書かれ、社会性をもっていたこと》(p.394)、曹丕の建てた魏王朝から司馬氏が晋を建国したものの、北方民族によって崩壊し、東晋から南宋に変わった時代を背景にしていたこと。詩人は曹丕、曹植から阮籍、嵆康、謝霊運などに移るが、孤高の陶淵明は特異な存在だったこと。

 こうした背景を読み込むと、社会性ということの逆のパターンになるのかもしれませんが、魏から帝位を簒奪した晋を褒めまくっている陸機、陸雲の兄弟が共に司馬えいに殺されるのは哀れな感じも受けます。

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June 29, 2018

ベルギー戦でまず1点を

 ハリル解任後に不甲斐ない試合が続いた時に、やけ気味にポーランドには勝てないけど2勝1敗で決勝トーナメントと「予想」しましたが、まさかの1勝1敗1分での突破は想定外すぎる最高の結果でした。

 昨日は史上悪名高い1982年スペイン・ワールドカップの1次・グループ2第3戦の西ドイツ対オーストリア戦の談合試合を思い出させるようなリアリズム。

 「良い試合をしても最後は負ける代表」から、「いざとなったらリアリズムに徹して試合をコントロールできる代表」になったな、と。

 ハリルの戦術を見てみたいという気もないわけでもないけど、この西野采配を見られたのだから、ノー文句。個人的には、ここまでハリルがチームを掌握して、意思統一を徹底した戦い方ができたとは思えない。

 走行距離10km超えていた長谷部、大迫などの主力をターンオーバーで休ませ、武藤など控えメンバーのやる気を出させる采配はまさかと思った。「どうせ何をやっても批判される」とハラをくくった西野は本当の勝負師。

 さらに乾を出しても得点の匂いがしないと温存していた長谷部を出して「このまま」の指示を徹底するリアリズム。脚が止まっていた選手たちをみて「一点取りに行って二点目を取られるリスクよりも、世界レベルにあるボール回しで試合を終わらせ、コロンビアvsセネガルもどうせ動かないだろうから、そこに賭ける」という思い切り。

 にしても、ハリル解任に道義的wに反撥しているヒトたちは、ポーランド戦の戦い方に子どものように反撥しているんだろうなwメンバー落として主力を休ませて決勝トーナメントに備え、大会前には最上と思われたベスト16を決めた西野の選択は、まさに「勝負師」という感じ。

 選手はどんどんヨーロッパに進出しているけど、これから必用なのは監督の輸出だと思っていたので、今回でその可能性が広がってきた感じがする。

 世界最高の舞台で、こんな試合をみせつられて、一番、まいっているのはワールドカップの予選を戦うアジア諸国じゃないかな。「これはかなわない」ということで、日本戦はメンバー落としてきたり、点を取りにこないようなことが、これからもっと出てきそう。

 アジア諸国への監督輸出も進みそう!

 これまでワールドカップの決勝トーナメントで日本代表は1点も取れていないから、ベルギー戦はまず1点を目指してほしい。これまでなら「PK戦は弱そう」と思っていたけど、この代表ならいけそう。
1点取られても、粘り強く1点を返して、延長では温存していた大島を入れて勝負!

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June 08, 2018

『文選 詩篇(二)』

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『文選 詩篇(二)』岩波文庫

 勉強不足で情けないけど、謝恵連のこの詩は岩波文庫の『文選 二』を読むまで知りませんでした。秋懐(二)の29、30(p.316-)。

各勉玄髪歓 無貽白首嘆
各おの玄髪の歓に勉め 白首の嘆を貽す無かれ
おのおの髪の黒い間にせいぜい楽しもう 白髪になって嘆いていては遅い

 古今の詩のアンソロジーでは『和漢朗詠集』が個人的には最も素晴らしいものだと思っていますが、東洋的な詩のアンソロジーの嚆矢となったのが『文選』。大部なために、これまで文庫化されていなかった作品ですが、その詩篇だけを六巻にまとめて岩波が出してくれていて、その二巻を読み終えました。

 二巻の途中で、詠史から哀傷に移ってきます。中国史批判みたいな詠詩から隠遁願望みたいなのが多くなり、感情移入しやすくなり、じっくり味わって読みました。

 左思の招隠(二)や「先を萬里の塗(みち)に争い 各おの百年の身を事とす」なんていう鮑照の詩は、分かりやすい(p.220)。《唐詩の先声》という評価がなんか分かるような気がする。名高い顔延之よりよほど鮑照の方が感情移入しやすい。

 「繁華」という言葉を生んだ阮籍によるBL賛歌なども入っていて、多様性を感じさせます。

 それにしても『文選』に収録されている詩人の多くは政争に巻き込まれて処刑されたり、殺害されています。漢詩の詩人には官僚が多く、三国から南北朝という時代かもしれないが、それにしても多すぎ。

 永井荷風が一時期、文選だけを読みながら日を送っていたらしいのですが、詩経の透明な詩を読んでいると、こういうのしか受付られなかったような時期もあったのかな、と。

 もっとも荷風はおそらく白文で読んでたんでしょうけど、学のないぼくは解説に助けられながら、やっと読みすすめています。

 とにかく、せっかく漢字文化に生まれたのに『文選』読まないのはもったいない。

 カッコ良いフレーズだな、と思ったのを抜き出してみると。

賤子實空虚 賤子実(まこと)に空虚なり 応璩(p.76)

臨源捐清波 源に臨みて清波を捐(く)み 郭璞(p.85)

翡翠戯蘭苕 翡翠、蘭苕(らんちょう)に戯れ 郭璞(p.91)

靜嘯撫清絃 靜嘯して清絃を撫す 郭璞(p.92)

安得運呑舟 安(いずくん)んぞ呑舟を運(めぐ)らすを得んや 郭璞(p.97)

聊欲投吾簪 聊(いささか)吾が簪を投ぜんと欲す 左思(p.115)

小隱隱陵薮、大隱隱朝市 小隠は陵藪に隠れ、大隠は朝市に隠る 王康(王+居)きょ(p.129)

保己終百年 己を保ちて百年を終えん 魏・文帝=曹丕(p.135)*1

美人愆歳月、遅暮獨如何 美人歳月を愆(あやま)つ遅暮獨り如何せん 謝混(p.145)

進徳智所拙 徳を進めんとするも智の拙なき所 謝霊運(p.163)

遊子憺忘歸 遊子憺(たん)として帰るを忘れる 謝霊運(p.179)

沈冥豈別理 沈冥豈に別理あらんや 謝霊運(p.184)

花上露猶泫 花上露猶を泫(したた)る 謝霊運(p.193)

流眄發姿媚、言笑吐芬芳 流眄(りゅうへん)して姿媚を發し 言笑して芬芳を吐く 阮籍(p.274)

朝爲媚少年、夕暮成醜老 朝には媚少年爲れども 夕暮には醜老と成る 阮籍(p.278)

明月照高楼、流光正徘徊 明月高楼を照し 流光正に徘徊す 曹植(p.344)

ちょっと気付いたこと…。

*1
 渋谷に塙保己一記念館がありまして、子ども頃から時々行ったりしていたんですが、塙保己一の名(保己一)はこの曹丕の詩からとられています。


鮑照の詠史(p.64-)の13, 14

寒暑在一時
繁華及春媚

は「暑さ寒さも一時のもの、移り変わる季節のなかで花咲き誇る今こそが春」と訳されているが、この繁華は阮籍の用例(p.275)からしてBLのことではないかと問合せしたんですが《文選詩篇2』の鮑照「詠史」の「繁華」は、花の盛り、世の栄華の意味のようです。阮籍「詠懐詩十七首」三の「繁華」も同じ。ただご指摘の通り、「詠懐詩十七首」四以降、「繁華」は「男色/美少年」の意味も含むようになったそう》で、『中国の恋のうた 『詩経』から李商隠まで』を紹介していただきました。


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June 07, 2018

『秘密の花園』

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『秘密の花園』バーネット(著)、土屋京子(訳)、光文社古典新訳文庫

 バーネット『秘密の花園』を原作としたミュージカル『シークレット・ガーデン』の初日が来週ということで、小学生以来ぶりに光文社古典新訳文庫で読みんでみました。

 物語の原型のような『巻き毛のリケ』の話しは岩波のジュブナイル版にあったかな…とか全英オープンのリンクスコースで有名なハリエニシダは「針金雀枝」なのかとか、色々感動していたんですが、個人的にも思い出すことが多い作品でした。

 著者の後書きを読むと、『秘密の花園』はフェミニズム運動によって、主人公メアリのふるまいが「女の子らしさの規範を破るもの」として再評価されたとのことで、1991年につくられたミュージカル『シークレット・ガーデン』も女性ばかりのスタッフで製作されたそうです。

 そういうのはおいておいても、『秘密の花園』は昔から単語としても素敵だな、と思っていて、二子玉の駅前にオープンスペースのお店があった時は、お気に入りの場所を『秘密の花園』と呼んで、野球やサッカーの後、よく確保していたんです。今はドッグウッドプラザになってるライズビルは、再開発前はペットを連れてこられるオープンスペースだったんすよ。河川敷の野球、サッカーをやった後、ペットの犬も連れてきてビールを呑んで、周りのお店からおつまみを頼んでダラダラと過ごしていた場所は、個人的な「秘密の花園」でした。

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