May 23, 2023

『組織・チーム・ビジネスを勝ちに導く 「作戦術」思考』小川清史

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『組織・チーム・ビジネスを勝ちに導く 「作戦術」思考』小川清史、ワニブックス

 作戦術=Operational Artとは戦略=全体最適を念頭に置きながら個々の戦術(現場)をコントロールする術のこと。

 元陸将(西部方面総監)の著者はウクライナ侵攻を巡る的格なコメントが素晴らしいな、と感じていて、これまでは共著を2冊読んだのですが、単著は初めて。全体を俯瞰してマトリクスに整理して落とし込み、そこから現状をフィードバックして考えるシステマチックな思考方法は動画などでもうかがえましたが、それは全体最適を念頭に置きながら戦術をコントロールするということを常に意識しているからなんだろうな、と感じました。もちろん、経営者向けの本なのですが、上司から指示を受けた際の応答・行動、部下への指示の出し方、同僚とのコミュニケーションはどうあるべきかなど中間管理職、一般社員にも役立つかな、と。

 ただ、歴史解釈などが最新の研究成果などを踏まえていないため(これは致し方ないのかもしれませんが)、最後の「作戦術」思考の事例集などはちょっと疑問に思うところもありましたが、ま、それぐらいは致し方ない。文春とか、もっと良い編集者のいるところで書いてもらったら、さらに素晴らしいものを書ける方なんじゃないかな、と思います。

 さて、全体最適を念頭に置きながら現場をコントロールすることの重要性を意識しはじめたのは、自衛隊幹部候補生として派遣された民間企業にこうした「作戦術」思考が欠落しているところをみたところからだそうです。その遠因として小川さんは、明治維新で国のあり方を設計するにあたって、藩の廃止でリーダーとなる人材を育てる制度がなくなったことだ、としています。明治維新の当初は各藩で育てられた数多くのリーダーがいたものの、現場を管理する人間が少なかったため、大学で現場実務を担う官僚を育成したんですが、そうした官僚をコントロールするリーダーたる人材育てられなくなった、と。

 小川さんは《「全体最適を追求できる人材は、OJT(On the Job Training:実際の業務を通じて知識・技術を習得させていく教育)ではつくれない。OJTだとどうしても個別最適な人材となる。全体最適の追求を学ぶには、それ専用の特別な教育が必要》(k.284、kはkindle番号)としています。その上で経営者に対しては《① 企業のビジョンを明確にして、全体最適からみた個別最適を追求すべき ② 個別最適のみの追求に走りがちな各現場をコントロールして組織の全体最適を達成できるような人材を育てるべき ③ 可能であれば全体最適を追求する専門部署も》(k.189)と提言しています。

 そして《実はこれは軍事の世界でも大きな課題であり、かつてアメリカやロシア(ソ連)はこの「戦略と戦術の齟齬」の問題に大いに頭を悩ませていました。そこで、 戦略と戦術の中間に「作戦」というレベルを設定し、戦略がしっかりと個別の戦術に反映されているか、個別の戦術が戦略目標に寄与する内容になっているかを調整・コントロールする技術を磨いていった》(k.236)として作戦術史を説明するくだりが本書の白眉でしょう。

 小川さんがウクライナ侵攻を平均月2回ぐらい解説する番組を観ているうちに、作戦術思考を最初に取り入れた旧ソ連軍を引き継いだロシア軍がなんで兵力的に劣るウクライナ相手に苦戦しているのか、ということが常に疑問でした。『独ソ戦』大木毅、岩波新書で絶賛されていたドイツ軍、日本軍を圧倒した旧ソ連軍の連続縦深打撃が見事なものだっただけに、なおさら(連続縦深打撃とは火力集中で前線を叩いた後に機動部隊で包囲殲滅するという近代的戦術)。

 これは《ソ連国土のように戦場が広くなり、 敵陣に深く攻め入るほど、軍本部から前線の状況を把握するのが難しく なり、従来の戦術と戦略のみの概念に基づく戦い方(軍中央本部が命令・指示を出して前線の部隊を運用する戦い方)では 部隊の運用も戦果の把握も極めて困難》(k.435)という条件があったため《戦略と戦術の間に「作戦」というレベルを設定し、そのレベルでの運用概念として作戦術が編み出されました。その作戦術の理論として、敵防御陣地の縦深への、あらゆる攻撃手段による同時攻撃という「縦深作戦コンセプト」などが発展》(k.438)した、と。

 このためソ連軍の作戦術では《・現在の作戦の特質を把握すること ・作戦計画・命令を作成すること ・大単位部隊(正面軍と軍)と編成部隊(軍団と師団)の任務を決めること ・戦闘中の部隊を継続的に支援すること ・大単位部隊の編制と装備を決めること ・将校と指揮統制機関に対する予行訓練を計画・実施すること ・戦域における軍事作戦計画を作成すること 〈デイヴィッド・M・グランツ著『ソ連軍〈作戦術〉縦深会戦の追求』より筆者加筆》(k.455)を行うそうです。

 こうした革新的なソ連の作戦術に対して、米軍はベトナム戦争で、マクナマラ国防長官がヒトラーのように軍事作戦に直接関与し《・戦場でのコストパフォーマンスを数値化 ・計画を徹底的に重視(PDCAサイクル) ・成果を数値化するため、死体・捕虜の数、 鹵獲 した兵器数、破壊した地下トンネル数を累積・評価 ・中央集権化を強化するため、軍事マニュアルを改訂して、指揮官が自主積極的に行動することを抑制 ・成果を目に見える形で示すため、(戦略がないにもかかわらず )大規模な北爆》(k.500)を行うなど、個別最適を追求したため、最も重視すべき「アメリカ国内世論」という重心を忘れて敗北した、と批判しています。

 そして米国ではこの失敗以降「戦術と作戦術は軍人にまかせる、戦略(政戦略)は政治家が担当する」という原則を確立し《米陸軍では作戦術の要素として「重心」の他に、「望ましいエンドステート」「決勝点」「作戦系列と努力系列」「作戦速度」「期区分と移行要領」「作戦限界と転換点」「作戦リーチ」「策源」「リスク」という 10 点》(k.550)を明確にして、さらに作戦術のベースは「第三の波」の思考に置き、《1982年に「エアランド・バトル」という新しい軍事ドクトリン(原則)を盛り込んだ軍事マニュアル(FM100-5)をつくるに際して、米陸軍の上層部は「第三の波」の軍隊を目指すべく、直接トフラーと議論を交わすことで彼の理論の理解を深めた》(k.626)としています。

 このほか《軍事の世界では、1870~1871年の普仏戦争後、フランスに勝利してドイツ統一を果たしたプロシア軍において、モルトケ参謀長によって新たな人事施策が出されました。  統一するまでの間は、出世の順番として何よりもまず「やる気のある将校」、「積極的に仕事をする将校」優先でした。  ところが、統一後は、「それいけどんどん」タイプでは、軍縮しなければならない軍組織の全体最適が達成できなくなります。  そこで、出世の順番を ①「やる気がなく」頭が良い将校、 ②「やる気がなく」頭の切れが劣る将校、 ③「やる気があって」頭の切れが劣る将校、最後が ④「やる気があって」頭が良い将校、に切り替えた》(k.930)というあたりも面白かった。

 さらに民法の精神、具体的には所有の概念をもっと学ぶ必要性があるとか、「学歴」は新しい〝身分〟だとか、クリアカットな言い方に好感が持てます。

【目次】
第一章 今の日本に欠けているのは「作戦術」思考
第二章 なぜ作戦術が必要なのか
第三章 「理想のチーム」に求められるリーダーシップ
第四章 “本質”を見抜く力を鍛える
第五章 「作戦術」思考の事例集

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『初歩からのシャーロック・ホームズ』

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『初歩からのシャーロック・ホームズ』北原尚彦、中公新書ラクレ

 2023年末に公演予定の雪組公演『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル-Boiled Doyle on the Toil Trail-』(生田大和作)の予習をかねて、読んでみました。

 『ボイルド・ドイル…』は生田先生にとって二作目のホームズもの。

 作者のコナン・ドイルの前に“架空の存在にすぎない筈の”シャーロック・ホームズーが姿を現したら…という設定の物語らしいのですが、前作の『シャーロック・ホームズーThe Game is Afoot!-』の時は、それなりに読んできたのでわざわざ予習していくことないでしょう…とタカをくくって失敗したので、こんどはちゃんとざっくり予習しようと思って、宙組公演の劇評なども書かれていた北原尚彦さんの入門書を読んでみました。

 コナン・ドイル自身については、一通りは知っていましたし、ホームズもの以外でもチャレンジャー教授の活躍する『失われた世界』『地球最後の日』などは読んでいましたし、本来は歴史物を書きたかったというというも知っていましたが、改めて、ホームズもの以外の作品を数多く残していて、百年戦争時代のサー・ナイジェル、ナポレオン戦争時代のジェラール(『三銃士』のダルタニアンを思わせるガスコン生まれの剣士)などのキャラクターを生み出しているんだな、と。ドイルはキャラクー設定のうまい作家だったのかもしれません。

 そして最も凝ったのが心霊術というあたりは、生田先生の物語にも活かされたりして。また、ドイルはスポーツ好きで、ポーツマスAFCというサッカー・クラブでゴール・キーパーとして活躍していたというのは知りませんでした。ただし、当時のサッカーは労働者階級のスポーツだったため、A.C.スミスという偽名で試合に出ていたとか(p.171)。

 そのほか、日本語で「バリツ」と書かれている格闘技は、日本の武術とステッキ術を融合した「バーティツ Bartitsu」だったとかも知らなかったな。ずっと昔は単なる武術のスペルミスだとされていたから(p.37)。

 当時のロンドンで現在のタクシーの役割を果たしていたのが辻馬車で、乗合馬車はバスのようなものだったとかも、なるほどな、と(p.59)。

 The Game is Afoot!(獲物が飛び出したぞ)という台詞を口にするのは『シャーロック・ホームズの生還』の第十二話「アヴィ屋敷」だというのも忘れていました(シェイクスピアの『ヘンリー四世』『ヘンリー五世』の引用)。

 ウィリアム・ジレットが演じて、以後のキャラクターを決定付けた無声映画『シャーロック・ホームズ』も今やBD化されたのを見られるということでしたが、Youtubeでも一部を見ることができて、ありがたい限り(p.151)。
 
 ブックガイドで紹介されていて、おそらく生田先生も読んでいるであろう『〈ホームズ〉から〈シャーロック〉へ――偶像を作り出した人々の物語』マティアス・ボーストレム、作品社なども読んでみようかな。

 とにかく肩が凝らず面白い本でした。

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May 22, 2023

『新しい地政学』北岡伸一、細谷雄一ほか

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『新しい地政学』北岡伸一、細谷雄一、東洋経済新報社

 Audibleで聴きましたので、印象に残ったところだけを紹介します。

 ウクライナ侵攻前に編まれた本書ですが、なぜプーチンはあんなことをしたのか、と思いつつ〈第6章 プーチンのグランド・ストラテジーと「狭間の政治学」 ロシアと地政学(廣瀬陽子)〉を読みました。そこで紹介されているのが、ドゥーギンの『地政学の基礎』。ドゥーギンは昨年秋、TVコンテーターの娘が自動車爆弾テロで殺されましたが、本人はダブリンからウラジオストクまで広がるユーラシア帝国のビジョンを提唱していました。その内容は噴飯ものなのですが、それにプーチンが影響を受けていたとしたら本当に心配になってきます。

 例えば、日本の反米主義者を支援してベルリン-モスクワ-東京枢軸をつくるとか。なんか、戦前の日本人が米国の民主主義は兵士を軟弱にするとか信じていたみたいなことを思い出してしまうほど。しかも、この構想自体もハウスホーファーあたりの受け売りなんじゃないか、とか。ま、昔の日本も万世一系とか神風とか信じていたんで、そう笑ってばかりはおられないのですがw

 〈終章 中曽根康弘の地政学 1950年の世界一周旅行(北岡 伸一)〉も面白かった。旧内務官僚で戦後に政治家となった世代は、中曽根よりも10歳ほど年上の奥野誠亮は上司が公職追放されていたため、米軍との交渉の矢面に立たされて米軍に対して反発するナショナリストになり、2.26事件で警視庁を襲撃された後藤田正晴は旧軍復活を絶対に許さず、一番若かった中曽根はバランスよく日本の罪を認めつつ、現実的には米国に追随する道を選んだ、みたいな。

 いま話題のスーダンですが、イスラム教を信仰するアラブ系住民が多い北部(現在のスーダン)と、キリスト教などを信仰するアフリカ系住民が多い南部(現在の南スーダン)に分断されていて、北部は広義の中東に分類する研究者もいるというのは〈第7章 「アフリカの角」と地政学(遠藤 貢)〉で知りました。

[目次]

序 章 古い地政学と新しい地政学(北岡伸一)

<第Ⅰ部 理論的に考える>

第1章 新しい地政学の時代へ 冷戦後における国際秩序の転換(細谷雄一)

第2章 武器としての経済力とその限界 経済と地政学(田所昌幸)

第3章 国際紛争の全体図と性格 紛争解決と地政学(篠田英朗)

<第Ⅱ部 規範・制度で考える>

第4章 人権の普遍性とその濫用の危険性 人権概念の発展と地政学(熊谷奈緒子)

第5章 国際協力という可能性 グローバル・ガバナンスと地政学(詫摩佳代)

<第Ⅲ部 地域で考える>

第6章 プーチンのグランド・ストラテジーと「狭間の政治学」 ロシアと地政学(廣瀬陽子)

第7章 「アフリカの角」と地政学(遠藤 貢)

第8章 「非国家主体」の台頭と「地域大国」 中東と地政学(池内 恵)

終  章 中曽根康弘の地政学 1950年の世界一周旅行(北岡 伸一)

あとがき
新しい地政学における国際秩序を考える研究会
編者・執筆者紹介と執筆担当章

 

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『政治家の酒癖 世界を動かしてきた酒飲みたち』

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『政治家の酒癖 世界を動かしてきた酒飲みたち』栗下直也、 平凡社新書

 

 酔っ払いは「行動の詩人」になるというか、徹夜麻雀も2日目に突入すると全ての言葉が詩に聞こえてくるような不思議な感覚を味わうことがあるのですが、『人生で大切なことは泥酔に学んだ』に続く栗下直也さんの快著も行動で詩人の魂を示すエピソードや箴言に満ちています。

 また、この本はプーチンのウクライナ侵攻がなかったら成立していなかったのかもしれないと感じます。当たり前ながらほとんどが酔っ払い政治家のことを書いているのに、全体の締めが「飲まないプーチン」だから。なんと目次のラストは「ウラジミール・プーチン 人間は酒を飲まなくても合理的な判断をするとは限らない」です。

 様々な政治家の酒に酔った醜態を書いたあと、栗下さんはプーチンの行動をみて看破するのです。《酒を飲まなくても、体を鍛えて節制しても、まともな判断ができるとは限らない》と(p.183)。オバマでもローマ法王でも誰との会談でも遅れるプーチンに「それだけ遅刻するなら、戦争の判断だけ早々と下すなよ」と思ったはずだ、と。いずれにしても彼は人間は酒を飲まないからといって合理的な判断ができるとは限らないことを示してくらたのだ、と。

 「おわりに」では、さらに一歩進めて《正論ではカバーできないところを補うのが政治家の仕事でもあった》のに、本音なき建前が横行してしまっている、とコンプライアンス全盛時代の問題点をついています。個人的に思い出したのは尊敬する立川談志師匠のエピソード。談志師匠は知り合いの防衛庁長官に免許の取消を勘弁してほしいと頼んで断られると「そんなことでお前は国を守れるのか」と怒鳴ったといいます。個人的には至極正しい感覚だと思うのですが、どう考えても今では通用しない論法でしょう。その理由を栗下さんはこう説明してくれています。人間は本来適当な生き物なのに、つい最近、品行方正な社会になったので戸惑っている人が多いのだ、と。

 たがら、酔って戦艦から艦砲射撃して漁民を殺した黒田清隆首相(大日本帝国憲法を発布した時の総理大臣)や、パンツ一丁で招かれたホワイトハウスを彷徨って外出しようとしたエリツィンや、あまりにも酷い酩酊ぶりに呆れた娘から玄関で水をぶっかけられた宮沢喜一首相やなどが懐かしく感じられるのかもしれません。

 また、政治家とそれを選ぶ人々の問題点も軽いタッチで描いています。それはイケメン政治家。《どこの国でもどこの時代でもイケメンは人気があるが、政治はたいがいうまくない。だからといって非イケメンが政治的手腕に長けているわけでもないので、せめてイケメンを選んでいるのかも》(p.116)、と。米国の民主党で大統領候補がなかなか投票では選ぶことができず、結局、イケメンだからということで選ばれたあげくに当選してしまったピアースは南北戦争の原因をつくってしまい「酔う以外にやるべきことはない」と漏らし、史上最低の大統領投票では常にワーストの席を争っています。ピアースは35回目の投票で大統領候補に担ぎ上げられたのですが、確かに103回の投票の末に選ばれて、クーリッジに歴史的敗北を喫したジョン・W・デイビスもイケメンで、「面倒臭いからイケメンを選ぶ」という選挙民の悲しい人間の性も教えてくれています。

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March 13, 2023

『言語ゲームの練習問題』

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『言語ゲームの練習問題』橋爪大三郎、講談社現代新書

 世界は要素的な出来事からなる内部構造を持ち、言語は要素命題からなる内部構造を持っていて、その構造が写像関係になっており、それが論理だ、と論証しようとした『論理哲学論考』の

6.53
6.54

 のような叙述スタイルを用いて、ヴィトゲンシュタインが言語は論理的に基礎づけることはできないと放棄し、『論考』の代わりに考えついた言語ゲームを説明してくれるのが本書。

 ヴィトゲンシュタインの師であるラッセルは論理学によって数学を基礎づけることに関心があったんですが、ヴィトゲンシュタインは論理学を考える道具とみなし、言語を基礎づけようとしました。『はじめての言語ゲーム』橋爪大三郎によれば、「このバラは赤い」は要素命題であり、バラに対応するモノがあり、「このバラは赤い」に対応する出来事があるから、言葉は意味を持つというのが『論考』の考え方だと説明していました。言語も世界も分析可能であり、分解していけば要素に行き着く、と。世界と言語とは互いに写像関係にあり、一対一で対応しているので、こうしたやり方以外での言語の使用を禁じるという意味が『論考』の「7 語りえぬことについては、沈黙しなければならない」の意味ではないか、と。

 しかし、こうした一対一の対応は科学の世界では成り立つが、社会では成り立たないということがわかって、言葉が意味を持つのは、ヒトがなんとなる分かったふりをする言語ゲームだというのが後期のヴィトゲンシュタイン。

 この『言語ゲームの練習問題』では、例えば、死の問題で言語ゲームを説明します。

.........Quote...........

定理 2・5  あなた(だけ) が死ぬのだと、あなたが知っているのであれば、あなたが死んだあとにも、世界は存在することをあなたは知っている。
 この確信は、経験によるのではない。
 この確信は、社会の前提である。ならば社会は、すみずみまで経験的に明らかにし、語り尽くすことができない。
 言い換えれば、社会は、自然科学の枠に収まらないのである。(k.293)

.........End of Quote...........

 《社会は、自然科学の枠に収まらないのである》というパンチラインが効いてます。

 そして、以下のような晴れやかな結論が導かれます。

.........Quote...........

 人びとは、人類の一員として生きている。
 それは、言葉を用いて、意味をやりとりし、価値を紡ぎだすことである。
 このことは、経験的な検証の原理を、はみ出している。
 世界はこのような、言語を交わす人びとの交流の場である。(k.309)

.........End of Quote...........

そして《人びとが社会を営むそのやり方が、言語ゲームである》(k.391)、と。

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February 28, 2023

『ショットとは何か』と"Madame de..."

 

『ショットとは何か』蓮実重彦、講談社

 ジムでエアロバイクを漕ぎながらAudibleで聴きました。観た映画については、眼前でそのシーンが上映されているような錯覚を覚える時もあり、思わず帰ってからYoutubeで見直したりしました。

 もちろん、まったく見逃していて、どこがそれほど重要なのかわからない場面もありましたし、思わず観たくなるような未見の作品に触れているところでは、やはりYoutubeで、申し訳ないのですが、その場面だけをみせてもらいました。

 そんな見返した場面のひとつがマックス・オフュルス監督の『たそがれの女心』(Madame de...、1953)のダンスシーン。ダニエル・ダリューはシャルル・ボワイエと共演した『うたかたの恋』(1935年)でマリーを演じて踊りを披露していましたが、この作品のダンスのお相手はデ・シーカ。素晴らしい大人のダンスでした。

https://youtu.be/oyyPlW4BY4A

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February 26, 2023

『安倍晋三 回顧録』安倍晋三、橋本五郎、尾山宏、北村滋、中央公論新社

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『安倍晋三 回顧録』安倍晋三、橋本五郎、尾山宏、北村滋、中央公論新社

 回顧録は第二次政権のコロナ対応から始まり、厚労省を徹底批判しています。《厚労省幹部からは、絶対に責任は負わないぞ、という強い意思を感じました。責任を取るのは首相なのだから、そんな心配する必要はないのですが、あきれてしまいました。厚労省は、思考が停止していました》(k.308。kはkindle番号)など。

 アビガンが承認されなかった理由も興味深かったです。《薬事承認の実質的な権限を持っているのは、薬務課長です。内閣人事局は、幹部官僚700人の人事を握っていますが、課長クラスは対象ではない。官邸が何を言おうが、人事権がなければ、言うことを聞いてくれません》(k.405)。薬害エイズ事件の時、技術系の元厚労省血液製剤課長は逮捕され、禁固1年、執行猶予2年の刑を受けましたが、薬務局長や事務次官らは不起訴だったことが影響していたといいます。

 アビガンに関してはこんなエピソードも紹介されています。《実は、北朝鮮の高官もアビガンをほしいと言ってきました。人道的な問題で、微妙な案件でしたが、その後の対応については、ご想像にお任せします》(k.409)。しかし、その後も続く厚労省のミスは本質は役人の劣化ではないかと語っています。《役人が劣化してしまった、ということではないでしょうか。調査はいい加減、それを取りまとめれば、普通は誤りに気がつくことも、目を通していないから気がつかない》(k.3510)。

 また、財務省も厳しい。財務省は経済成長は無視して財政均衡しか考えず、民主党政権にもスリ寄って行った、と。《社会保障と税の一体改革は、財務省が描いたものです。当時は、永田町が財務省一色でしたね。財務省の力は大したものですよ。 時の政権に、核となる政策がないと、財務省が近づいてきて、政権もどっぷりと頼ってしまう。菅直人首相は、消費増税をして景気を良くする、といった訳の分からない論理を展開しました。民主党政権は、あえて痛みを伴う政策を主張することが、格好いいと酔いしれていた。財務官僚の注射がそれだけ効いていたということ》(k.1157)。

 そして消費税増税を延期した安倍政権を倒そうともしていた、と。《財務省と、党の財政再建派議員がタッグを組んで、「安倍おろし」を仕掛けることを警戒していたから、増税先送りの判断は、必ず選挙とセットだったのです。そうでなければ、倒されていたかもしれません。  私は密かに疑っているのですが、森友学園の国有地売却問題は、私の足を掬うための財務省の策略の可能性がゼロではない。財務省は当初から森友側との土地取引が深刻な問題だと分かっていたはず》k.3934。

 外務省も《そもそも日本のロビー外交は弱いのです。日本大使館の議会担当者は、2年くらいで異動しちゃうわけで、なかなか米国の議員に食い込めなかった》(k.1925)と弱さを批判します。

 官僚批判は内閣法制局人事にも及びます。《内閣法制局といっても、政府の一部の局ですから、首相が人事を決めるのは当たり前ではないですか。ところが、内閣法制局には、長官を辞めた歴代長官OBと現在の長官が集まる参与会という会合があるのです。この組織が、法制局では絶対的な権力を持っているのだそうです。そこで、法制局の人事や法解釈が決まる。これは変でしょう。国滅びて法制局残る、では困るんです》(k.1430)。

 国内政治もリアル。《衆参同日選は選択肢にはありました。ただ、同日選に、中選挙区時代ほどのメリットはないとも思っていた》《応援に入る衆院議員が自分の後援会の力をどこまで出すかと言えば、4、5割程度》《でも、小選挙区制が導入されてからは、政党選挙の色合いが濃くなり、個人後援会を持たない若い衆院議員が増えた。彼らは、党の組織や地方議員の後援会に乗っかって戦っている。これでは同日選をやっても参院にそれほどプラスには働かないと思った》(k.2598-)というのはなるほどな、と。

 そして、日本の政治として、あまりにも選挙が多すぎる、と。《首相というポストにいれば、こういう失言や辞任があり得ることも織り込み済みで、常に人事をやらないといけないのです。政策通で答弁が安定している、資金面も極めてクリーンだという人だけで人事を回していたら、限られたメンバーばかりを登用することになる。それでは党内が持ちません》(k.4361)、《自民党総裁として衆参合わせて6回の国政選挙と、総裁選3回を勝たなければ、歴代最長にならなかったわけですから、今後誰が総裁、首相になっても、とんでもなく大変です》(k.4603)。

 外交関係で印象的だったのは以下のあたりでしょうか。

 軍事力の行使についても、ロシアは結構、汚れ仕事を買って出てくれるのです。シリアでイスラム過激派組織「イスラム国(ISIL)」の拠点を空爆したのも、ロシアでしょう。世界中がシリアの原油を買いあさり、ISILはそれを資金源にしていた。そのISILを一掃しようとしたわけです。そういう役割も、国際社会では重要です。ただ、トランプが主張していたように、何の条件も付けずにロシアに首脳会議の枠組みに戻ってもらう、というのでは、誰も納得しない(k.1799)

 欧州では、誰かがチャレンジしない限り、党首選は行わない国が多い。定期的に党首選をやっている国は少ないのです。日本の首相は、国政選挙に加えて定期的な党首選があり、審判の機会にしょっちゅうさらされている。国政選挙と関係なく、自民党の総裁を決めるという派閥の論理が残ってしまっているのですね。この仕組みを改めないと、選挙で国民に約束したことを内閣は実行できなくなってしまいます(k.2093)

大統領との電話会談も、オバマの場合、 15 分から 30 分程度と短めでした。米国の大統領は忙しいから長い時間は取れないのだろうと思っていました。  しかし、トランプは違った。結構、時間が取れるんです。トランプは平気で1時間話す。長ければ1時間半。途中で、こちらが疲れちゃうくらいです。そして、何を話しているかと言えば、本題は前半の 15 分で終わり、後半の7、8割がゴルフの話だったり、他国の首脳の批判だったりするわけ(k.2212)

キャメロンも、中国に傾斜してしまった欧州首脳の一人です。 12 年にチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ 14 世を英国に招待し、会見しました。中国の弾圧を受けてインドに亡命したダライ・ラマとの会見に、中国は激怒し、報復として英国との交流を止めてしまった。焦ったキャメロンは、人権問題を棚上げし、中国に接近しました。それが、西側諸国で真っ先に中国主導の国際金融機関・アジアインフラ投資銀行(AIIB) への参加表明につながっていく(k.2346)。

ロシアの外交当局は基本的に中国と仲が良い。私が「中国は不良ですよ」と言っても、ロシアも不良だから、不良仲間は大切にするという感覚なのかなと思いました》《16 年秋には米大統領選があり、オバマの任期切れは近かった。次期米大統領が選ばれるまでの間隙を狙って日露を前に進めようと考えていたのです。  トランプ米大統領は、日露交渉に反対しませんでした(k.2685)。

米国は 17 年、対北朝鮮の軍事オペレーションを本気で検討し、圧力をギリギリまで高めていました。米本土を標的にされることを看過できなかったわけです。秋に米軍は空母3隻の打撃群を西太平洋や日本海などに展開しました。空爆を想定したB 52 戦略爆撃機はたびたび飛来し、ミサイルを搭載した米潜水艦も、日本海近海で運用されていました。金正恩としては自国の安全保障に関し相当の焦りがあったと思います。それが 18 年の方針転換につながったのかもしれません(k.3626)。

目次
第1章 コロナ蔓延 ダイヤモンド・プリンセスから辞任まで
第2章 総理大臣へ! 第1次内閣発足から退陣、再登板まで
第3章 第2次内閣発足 TPP、アベノミクス、靖国参拝
第4章 官邸一強 集団的自衛権行使容認へ、国家安全保障局、内閣人事局発足
第5章 歴史認識 戦後70年談話と安全保障関連法
第6章 海外首脳たちのこと オバマ、トランプ、メルケル、習近平、プーチン
第7章 戦後外交の総決算 北方領土交渉、天皇退位
第8章 ゆらぐ一強 トランプ大統領誕生、森友・加計問題、小池新党の脅威
第9章 揺れる外交 米朝首脳会談、中国「一帯一路」構想、北方領土交渉
第10章 新元号「令和」へ トランプ来日、ハメネイ師との会談、韓国、GSOMIA破棄へ
終章 憲政史上最長の長期政権が実現できた理由
資料

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February 02, 2023

『国商 最後のフィクサー葛西敬之』

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『国商 最後のフィクサー葛西敬之』森功、講談社

 あまり読んだ本に関しては文句を言わないようにしているんですが、これはちょっと…と思うところがあって、どこまで取材というか下調べをしているのか前半の国鉄改革からJR発足にかけての4章ぐらいまで読んで疑問に思ったので、それ以降は読んでいません。

 間違いなのは例えば信州大学へ講義に行った際に投げつけられたのが「生卵」としているあたり(p.107)。ちょっと調べれば写真写りのためにペンキが中心だったことはわかるハズなのに、伝聞をそのまま載せていて、校閲のチェックもできていないところ。

 当時、まだ小此木彦三郎代議士の陣笠議員だった菅義偉さんのことをやたら暗躍っぽく描いていたりしているあたりもリアルタイムでの取材などはもとより求めていませんが、あまりにも牽強付会。

 さらに、JR東日本社長を巡る杉浦国鉄総裁と、実質的に国鉄改革を仕切った住田正二運輸経済研究センター会長の対立に長い頁を割いていますが、誰も「東は住田」と思っていて、杉浦さんにそんな野心があったとはと驚いたぐらいのエピソードだったので、これも当時のことは知らないのかな、と。

 組合問題についても「そういう見方があるのかw」的なところも散見されて、後半を読む気がなくなりました。

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『戒厳令下のチンチロリン』藤代三郎

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『戒厳令下のチンチロリン』藤代三郎

 目黒考二さんは群一郎、北上次郎など数字シリーズのペンネームを使っていました。競馬とかギャンブルのジャンルで使っていたのが藤代三郎で、椎名誠さんを売り出した情報センター出版局の星山さんがセンチュリープレスの一冊として出した第1作『戒厳令下のチンチロリン』は本当に好きな本でした。

 中小出版社に働く仲間たちとの麻雀、競馬、チンチロリンなどのギャンブル生活を描き、そのハイライトは79年の東京サミット開催中に社内でチンチロリンを開帳するという内容。

 中でも田舎の素封家の息子でありながら、大学卒業後も実家に帰らず、酒とギャンブルに明け暮れポックリ病で死んでしまった「内田くんのピッカピカ靴物語」は、ある時代の編集者というかマイナー出版社の働く人たちのやるせない気持ちをサラリと描いた傑作だと思っています。

 そのな内田君を描いた目黒考二さんは働き盛りの20年間、週に1日しか家に帰らない暮らしを続けたそうです。家には、妻と幼い二人の子供がいるのに。椎名誠さんと起こした本の雑誌社に出勤し、金曜日までずっと会社に泊まり込んで仕事をしたり本を読んだり。土日は競馬場に直行するという暮らしをしてきたんですが、なぜか離婚もされず、お子さん2人もマトモな社会人生活を送っていると風の便りにきく、人生の達人のような生き方をしていた方でした。

 実はちょっと思い込みの強い書評はあまり得意ではありませんでしたが、椎名誠さんとその仲間たちには欠かせない存在でした。

 何回か新宿の池林坊で見かけたんですが、話しかけるには至りませんでした。こんなことだったら、どんな声をしていたのかぐらい知っておけば良かったかな、とは思いますが、そうしたことはやらないんで。ま、寂しい限りです。

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『陸・海・空 究極のブリーフィング 宇露戦争、台湾、ウサデン、防衛費、安全保障の行方』

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『陸・海・空 究極のブリーフィング 宇露戦争、台湾、ウサデン、防衛費、安全保障の行方』小川清史、伊藤俊幸、小野田治その他

 Youtubeの番組の書籍化第2弾で、今回も面白く読ませてもらいました。番組で足りなかったところの補足、その後の展開も含めての解説など、神ならぬ身の解説者にとって、そうした加筆は当然だと思います。

 

 個人的に面白かったのは「第3章 ウサデン(宇宙・サイバー・電磁波)という戦場」。ウサデンというかにも日本的な四文字略語には笑ってしまったんですが、

 

■宇宙の目

■ロシアの電子戦にやられた2014年のウクライナ

■2022年、ロシアの電子戦の状況

■日本政府の防衛装備品の輸出規制緩和方針

■QUAD首脳会談とバイデンの台湾有事発言

■自衛隊トップのNATO参謀長会議出席

 

というコンテンツは情報満載でした。宇宙を戦場にしてしまうと世界大戦につながってしまうので、ロシアが行うとしていたのは「宇宙から得られる情報の弱体化」という指摘はなるほどな、と。欧米は武器輸出のために専門省庁を持ち第三国に渡らないように管理しているとかも。あともQUADは外務省が仕切っている枠組みなのでNATOのような同盟ではない、みたいな視点も自衛隊出身者ならではだな、と。また、自衛隊トップのNATO参謀長会議出席は、NATOが冷戦後取り組んできた一民族・一国家とはなってないことで発生する民族問題の解決のためにも重要だとか。

 

 「第4章 防衛政策の展開」では、《予算要求をする人と戦争の準備をする人がほぼ重なって、予算要求の一番忙しい概算要求の時期は訓練演習ができない》という問題があるというのは、現場経験者ならではの指摘だな、と。

 

 「第6章 第4次台湾危機と安倍元総理の功績」では、プーチンがキレたのはウクライナ国内にNATO軍が入って合同演習をしたからという指摘とともに、《この状況を台湾に当てはめてみると、非常に危険な状況になる》としてペロシ下院議長の訪台は問題だった、と発言しているあたりはバランスがとれているな、と感じました。

 

 「補章 『トップガン・マーベリック』と次世代戦闘機」では、空母艦載機は1機種だとエンジントラブルなどが起きたら全機出動できなくなるので必ず2機種以上つくるのが決まりになっている、というあたりもなるほどな、と。

 

[主な目次]

 

第1章 プーチンは核を使うのか

■ロシアの核に対するアメリカの態度

■アメリカの核状況の中国への影響

■日本の防衛体制の諸問題

 

第2章 宇露戦争、約100日のエンドステート、優勢、劣勢の見方

■軍人なら絶対にしない、ロシア軍のバカげた作戦

■アメリカのエンドステート

■優秀な火力が必要な理由

 

第3章 ウサデン(宇宙・サイバー・電磁波)という戦場

■ロシアの電子戦にやられた2014年のウクライナ

■日本政府の防衛装備品の輸出規制緩和方針

■QUAD首脳会談とバイデンの台湾有事発言

■自衛隊トップのNATO参謀長会議出席

 

第4章 防衛政策の展開

■防衛費倍増方針にまつわる問題

■自衛隊統合司令部の新設について

 

第5章 インテリジェンス、兵器備蓄、ランチェスターの第二法則

■ウクライナ侵攻と台湾有事

 

第6章 第4次台湾危機と安倍元総理の功績

■見逃された最高指揮官としての憲法改正

■政権を潰す覚悟で成し遂げた平和安全法制

■アメリカの有識者のイメージを払拭した講演

■災害派遣で見た安倍元総理のリーダーシップ

■見逃された最高指揮官としての憲法改正

 

補章 『トップガン・マーベリック』と次世代戦闘機

■どうなる日本の次世代戦闘機

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