July 09, 2009

豊鮨のイカの活づくり

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「豊鮨」 長崎県平戸市新町101 0950-23-2017

 平戸で寿司といったらどこ?と聞いたら友人が教えてくれたのがここ。

 山葵にネリを使っている大衆店だけど、ネタはとにかく安くて旨いし、個室もあってくつろげる。

 バスがつけられる駐車場も保有するなど、なかなか面白い線を狙っているお店だと思いました。

 店構えはなかなか重厚。

 だけど、ランチのメニューなんかも張ってある。

 値段を見ると驚きの安さ。

 ということで入るとずずずいっと奥の座敷に通されました。

 二人で行ったので、握りの松と「おお!イカの活づくりやってくれるの!」と逆上してオーダーした活づくりを堪能してきました。

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 イカは呼子が有名ですが、獲れるところは平戸もたいして違わないし、イキが違う感じがします。

 しかも、季節的に一番好きなアオリイカを活づくりにしてくれたし、言うなし!

 身を一切れ食べると「やめてくれぇ」という感じで足をよじるアオリイカさんにはすまないことですが、旬の味を堪能しまくりました。

 もちろん、残りは天ぷらに。

 天つゆもいい感じでした。

 あ、握りにはアラの味噌汁も付くんですよ。

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 これも美味しかったなぁ。

 身をせせっちゃうぐらい。

 握りも2000円にしてはいい内容だと思います。

 あ、お醤油は黙っているとたまりが出されますので、苦手な方は「キッコーマンを」と言えば、出してくれますんで、ぜひ。

 これだけいただいて二人で6000円ですから、平戸に行ったら、次も必ず再訪します。

 にしても、後でじっくり書きますが、平戸はいいところでした。

 海も街並みもキラキラ輝いていて…。

 山頭火が行乞日記に「日本は世界の公園、平戸は日本の公園」と書き残しているのですが、まさに風景が輝いているんですよね。

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絵のやうな」といふ形容語がそのまゝこのあたりの風景を形容する、日本は世界の公園だといふ、平戸は日本の公園である、公園の中を発動船が走る、県道が通る、あらゆるものが風景を成り立たせてゐる。

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July 08, 2009

唐津の「つく田」

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「つく田」 佐賀県唐津市中町1879-1-1F 0955-74-6665

 関内の「はま田」で「今度、唐津から平戸に行くんだけど、唐津でどっかいいとこない?」とたずねたんですよ。

 そしたら、推薦してくれたのが「つく田」と「銀鮨」でした。

 素早く両店とも電話したりHPで下見して期待を膨らませたんですが、時間の都合もあって一軒しか行けない…

 ということで、最終的に予約したのは「つく田」となりました。

 虹の松原からタクシーを走らせて1000円ぐらい。

 スクーターが目印になっている店で、暖簾をくぐるとフレンドリーなご主人が迎えてくれます。

 いやー、こうした対応してくれると一発で安心できますねぇ(時々いますからねぇ…無愛想な大将が…)。

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 素早く「もう、おまかせで」という感じになります。

 完璧に手入れされたつけ台に盛られたミョウガが映えます。

 このミョウガは酢味噌でいただいても美味しい。

 ということですが、さっそく出していただいたアコウダイがうったりするほど美しい。

 味もこの写真の印象そのまま。

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 アカニシ貝、ミル貝など貝類も新鮮でした。

 ほのかな磯臭さが上品。

 酒は白雪(対馬)。

 初めて飲んだのですが、地元のお酒で、あまり主張しすぎず、しかも手に入りやすいという感じでしょうか。

 コンセプトは「しみづ」や「はま田」で出される白鷹に似ていますね。

 器の唐津焼もいい感じなんですよね。

 一緒におジャマした友人は焼酎に切り替えたのですが、その器も見事。

 キレイな写真でしょ?

 唐津藩は譜代だったそうですが、譜代の殿様の城下町ってのは、文化が成熟していますよね。

 なんかひと味違う。

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 話が弾んで、「はま田」さんや「水谷」さん「しみづ」さんとの交友なども聞かせてもらいました。

 こうした職人さんたちのネットワークが日本の鮨文化を支えているんだな、と思いますよ。

 などと完璧にリラックスしてα波出まくり状態になっているうちに徐々にオツマミ方向にかわっていっていきます。

 ウニの水煮、ヤリイカの一夜干し、アナゴとナスのソースなんか絶品でしたね。

 特に「アナゴとナスのソース」。

 オクラを敷いた上に横たわっているのはハモじゃなくってアナゴだそうですよ。

 しかもかかっているのがナスのソースっていうんですからもう参りました。

 いや、素晴らしい。

 握りも沢山いただいたのですが、印象的だったのは鰺。

 素晴らしかった…

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 カードは扱っていないということで、多少、心配したのですが、こんな感じでおまかせでいただき、かなり飲んだのに二人で36000円でした。

 二軒の焼酎バーも紹介していただき、そこから出るときには、わざわざご挨拶もしていただきました。

 次も唐津に行ったら絶対、ここにおジャマします!

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July 07, 2009

鬼多郎の「焼きラーメン」

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「鬼多郎 親不孝通り店」福岡県福岡市中央区天神2 天神三井ビル前 090-8229-3914

 博多、唐津、平戸を旅してきました。

 博多に着いたのは夜。

 ということは屋台しかないでしょ。

 ホテルも近かったので天神の親不孝通りにある「鬼多郎」に。

 焼きラーメンというと、ドロッとした食感の「小金ちゃん」系ものものが有名ですが、「鬼多郎」は焼きそばっぽい感じ。

 まずはビールで喉を潤し、若鶏のセセリ塩焼きなんかを頼みます(これは写真を失敗)。

 それだけじゃなんなんで、ヤリイカとアスパラの炒め物も追加。

 最後に「焼きラーメン」で〆て2880円。

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 ちょっと化学調味料がキツイですが、風情はいいですよね。

 あ、この写真の屋台は明治通り沿いの一群です。

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July 01, 2009

中本・目黒店の麻醤麺

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 目黒店の月替わりは複雑。

 1ヵ月間ずっと同じメニューの場合もあれば、上旬中旬下旬で変えたり、それに午後2時からのイベントメニューが加わったり。

 7月はフルタイム提供の月替わりが上旬は麻醤麺、中旬と下旬は冷やし醤油ラーメン、冷味丼+半ラーメンながらあくまで予定。

 これに午後2時から6時までイベントメニューとして「re-mix」が加わるというラインアップ。

 ということは迷わず初日に麻醤麺いきました。

 盛りは普通。

 トッピングには半熟卵を選びました。

 出てきたのが最初の写真。

 麺とスープが「分かれ」で出てきます。

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 一口つけ麺のようにしていただいた後、やっぱりこっちの方が勝負は早いということで、上からドバッといったのが2枚目の写真。

 ツルツルっと秒殺できそうなライトな感じのメニューです。

 夏場にはいいかも。

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June 29, 2009

壽々丸の「相模」

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すしの壽々丸 (すしのすずまる) 伊東市猪戸1-8-36 0557-36-7387

 何回か伊東で泊まることになるので、それなら馴染みのお寿司さんをつくらなければ面白くない、ということで探したお店。

 インターネットや口コミで伊東での評判はたぶん一番良い寿司屋ですね。

 そういったところから行ってみるという無難なことを普段からやっていますので、今回も迷うことなく「壽々丸」を訪問しました。

 本当は夜訪ねたかったのですが、泊りがけでいった昼に食べ過ぎて、夜は断念。

 お腹いっぱいの時は食べないということがようやくできるようになったと感じますが、翌朝はひとっ風呂浴びた後、メシも喰わずに朝イチの11時で行きましたよ。

 なかなか明るい職人さんが二人で迎えてくれました。

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 昼なんでアッサリということで、握りを頼みました。

 ここの握りは松竹梅を相模、駿河、七島と呼んでいます。

 まあ、せっかくなので松の相模にしました。

 3150円。

 朝獲りの地魚を中心に盛込んでくれるとのこと。

 最初のアジ、イワシからしていい。

 特に良かったのが金目鯛。

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 アブラが乗りすぎず、身もトロッとしていますね。

 次は夜に行こうと決意して、暖簾をパッとやりながら店を出ました。

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June 28, 2009

『日本軍の小失敗の研究』

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『日本軍の小失敗の研究 現代に生かせる太平洋戦争の教訓』三野正洋、光人社NF文庫

 立花隆さんの書評で読もうと思った本。太平洋戦争に関しては、対中戦争に深入りしすぎて、さらに国力を考えずに対米戦争を妄想した時点で自我が肥大しすぎていてアウトとも言えますが、その前に、もうちょっと国内でもちゃんと戦争の体制をつくっておけよ、と思わず旧軍に対して文句を言いたくなるのがこの本。

 立花さんが紹介していたのは、戦闘機工場に飛行場が併設されておらず、遠い飛行場まで牛車で運び、物資統制がつよまると、工場側が強制的に徴用した牛が問題になって裁判まで発展したという頭がクラクラしそうなというか形而上学的ともいえるような問題ですが、そんなのがてんこ盛り(p.153-)。
 
 ドイツもそうですが、日本軍も武器の種類だけ多くて互換性がないことが問題でした。例えば軍用機に搭載する火器ですが、アメリカは事実上12.7ミリに統一されていたのに、日本ではゼロ戦だけでも口径3種類、弾種4~5種類を用意しければならなかったとのこと(p.42)。これじゃ、補給、整備する者の負担は限りなく大きくなりますよね。
 
 航空機でも陸軍、海軍のアホな対立が目白押し。海軍の開発した零戦で統一すればいいものを、ほぼ似たような仕様の隼をつくってしまう陸軍。しかも開発は遅れに遅れ《陸軍は(わずかに)隼四〇機で、対英、対米戦争に突っ走った》(p.51)とのこと。

 さらに空冷式のエンジンに限界を感じてドイツに水冷式のエンジン供給を受けるのですが、これが空軍、海軍とも独自にライセンス料を支払うというアホさ加減。このあまりにも意志の疎通のなさにはドイツも憂慮したというのは笑うに笑えません。さらに世界広しといえども、陸軍が潜水艦と航空母艦をつくったのは旧帝国陸軍だけだそうです(p.117-)。潜水艦は海軍の中でも特殊な部門。陸軍が製造した潜水艦は三隻とも沈没、搭乗員全員死亡という悲惨な結果となったそうです。まあ、海軍も巨大潜水艦に固執して、使い勝手のいい中型潜水艦の製造に支障をきたしたというアホなことをやっているのですが…。

 米軍、旧ソ連軍のように、これは…という戦車、潜水艦のタイプが決まったら、それをつくりまくるという戦略しかないのでしょうね。あと、英国では商船にいつでも大砲をつけられるように法律で取り付け部分を強化した設計にするよう決めていたそうです(p.140)。

 ぼくもそうですが、日本人というのは粘り強いと思われますが、長い忍耐をするような探求、計画に沿った行動というのは苦手だと思います。

 あと、米軍は第一次世界大戦の経験を通じて《戦争とはある意味で土木工事である》と考えるようになった、ということです。さすがというか…。工兵というのは平時であっても、これ以上役立つ兵科はない、といわれるのに日本軍は冷遇されていたというのは、情けないといますか、筆者によると現在でもその状況はあまり変わっていないそうです。PKOなどの経験を通じて、変わってきていると思いたいのですが…。

 1940年、海軍が登場させた零戦のデビュー戦で、敵機27機を13機で全機撃墜したというのは、91年の湾岸戦争まで破られることのない記録だったそうですが、そうした栄光もあるんですがね…(p.176)。

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June 27, 2009

新江ノ島水族館

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新江ノ島水族館 藤沢市片瀬海岸2-19-1 0466-29-9960

 急に鰺の渦巻きというかタービュランスといいますか群泳を見たくなり新江ノ島水族館に行ってきました。

 2000円という入場料にもタマげましたが、大水槽の真ん中で回転しながら泳ぐ群れにしばし見とれます。

 同じ形でいることがひとときもない。

 時には二重になったりして、それがまた、ひとつの回転に集約される。

 あまり好きな言葉ではありませんが動的均衡なんていう言葉も思い出しました。

 にしても、ここは旧江ノ島水族館時代に連れらきてもらって以来です。

 あくまで明るく、そして清潔すぎる環境。

 洗練された雰囲気。

 ぼくの子ども時代に知っている古い江ノ島水族館とは別世界でした。

 ハシャいでいる子どもを見ながら、けっこうムリしている感じの若いお父さんたちもいました。

 家族をやるってのも大変だな、と。

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 「きっとオヤジもつまんなかったろうな」とか、そんなことも思いながらイルカショーなんかも一瞬ですが見てしまいました。

 とはいっても、すかさずサカナが喰いたくなって、鎌倉の「仲の坂」に急いでしまったのですがw

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June 25, 2009

『新型インフルエンザ完全予防ハンドブック』

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『新型インフルエンザ完全予防ハンドブック』岡田晴恵、幻冬舎文庫

 新型インフルエンザの国内感染が初めて発生した5月中旬の「激動の一週間」の時など、テレビに出ずっぱりだった岡田晴恵のインフルエンザ対策本が幻冬舎文庫から出ました。

 以前、紹介させていただいた『新型インフルエンザ予防マニュアル』岡田晴恵、現代けんこう出版とダブルところは多いのですが、今回の新型インフルエンザの元となった豚インフルエンザも、《もとは、鳥インフルエンザが豚に感染したもの》など情報も満載(p.12)。

 また、インフルエンザウィルスのうち、大流行を起こすのはA型なんですと。さらにA型は144種類に分けられるのですが、もともとは全てが鳥インフルエンザとのこと(p.14)。

 さらにいえば、過去のイフルエンザは、すべて鳥インフルエンザ由来だそうです。

 とにかく、今年秋から冬にかけての大流行に、いまのうちから備えておこうと思いました。

 5月のパニック時にはマスクが足りなくなりましたが、今のうちなら安いし、まあ、腐るものでもありません。

 また、報道はあまりされていませんでしたが、大阪地区ではインスタント食品が売り切れたともいわれていますので、レトルト、インスタント食品や栄養補助食品なんかも用意しておこうと思います。

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June 23, 2009

『米原万里、そしてロシア』

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『米原万里、そしてロシア』伊藤玄二郎(編) 、かまくら春秋社

 先日、自転車で新江ノ島水族館に行った帰り(急に鰺の群泳を見たくなったのです)、鎌倉の仲の坂に寄ったのですが、いつも通りかかる「たらば書店」という本屋さんが、意外と人文書などが揃っているというので中を覗いてみたんです。

 そしたら平積みされていたのが『米原万里、そしてロシア』。かまくら春秋社という地元の版元が出した本です。編集の伊藤玄二郎という人がかまくら春秋社の代表。

 面白かったのは対談。「米原万里とロシア」と題してロシア文学者の亀山郁夫さんと、元NHKのモスクワ支局長小林和男が米原万里さんのことを語っています。東京外語大学時代の米原さんはトルストイの『戦争と平和』のナターシャのような完璧な美人だったそうです(ぼくが彼女を間近で見たのは、ソ連最後の時代のあたりでしたが、本当に光輝いていましたね)。また、彼女の存在が日本人のロシアに対するイメージを丸くした、というのもなるほどな、と。

 妹の井上ユリさんの「回想の米原万里 建築家になる夢」によると、万里さんはこれから一生をロシア語で生きていくなんて…ということで大学受験では建築学科を目指したこともあったというのは意外でした。5年間しか住めなかったけど、2000年に建てた鎌倉の家は自分で図面を引いたそうで、その間取りも載っています(通称・ペレストロイカ御殿とかw)。

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 にしても、やっぱり鎌倉ってのは、なかなか奥が深くてようございますね。

 あ、仲の坂のお刺身定食もいつもの通り最高でした。

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June 20, 2009

穴子家の「おまぜ」

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穴子家 中央区八重洲1-5-3 不二ビル B2F 3276-0580

 いろんなランチのネーミングはありますが、穴子の名店、東京駅に近い「穴子家」のランチ寿司なんか素晴らしい部類に入りますよね。

 なにせ「おまぜ」。

 穴子専門店だから、普通の握りは、いろんなネタの寿司を混ぜて出すので「おまぜ」になったんでしょうね。

 前回は太巻きをいただきましたが、ひとりでいただくのは辛い…。

 ということで、今回は「おまぜ」

 ネタはけっこう新鮮ですよ。

 カウンターも清潔感あふれているし、お椀もちゃんとしてます。

 東京駅から歩いて1~2分のところで、こんなのが1050円でいただけるんですから、それだけでも満足です。

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